毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「見事な演技合戦」について。あなたはどのように観ましたか?
【前回】恋心を自覚したのぶ(今田美桜)...ラブストーリーの名手・中園ミホが描く「史実」を織り交ぜた巧妙な展開
※本記事にはネタバレが含まれています。

『アンパンマン』の漫画家・やなせたかしと、その妻・暢をモデルとしたNHK連続テレビ小説『あんぱん』第18週では、前週で想いを確かめ合ったのぶ(今田美桜)と嵩(北村匠海)の結婚生活がいよいよスタート。1947年6月、嵩は高知新報を辞めて上京する。
嵩はのぶに、東海林編集長(津田健次郎)からの餞の言葉を伝える。「何が正しいのか、逆転しない正義とは何か。何年かかっても何十年かかっても、2人でその答えを見つけてみい」。これは嵩とのぶがそれぞれ語った言葉で、性格や行動力は正反対でも、根っこの部分は似ていると言い、2人の今後の「使命」として贈られた言葉だ。
嵩が上京すると、早々に登美子(松嶋菜々子)がのぶの部屋を訪れる。いつも神出鬼没な登美子だが、実は嵩が近況報告の手紙を出していたのだ。三度目の結婚をした軍人に先立たれ、目白の家で暮らしている登美子は「漫画なんて大の大人がやるものではない」と断言し、嵩に三星百貨店の採用試験を受けるよう勧める。
ところで、登美子がのぶの亡き夫・次郎(中島歩)の写真について言及した翌朝、嵩は次郎の写真が片づけられていることに気づく。「僕は次郎さんを愛して結婚したのぶちゃんを好きになった、前よりもっと」「気兼ねしないで次郎さんの写真を堂々と飾ってほしい」と言い、さらに弟・千尋(中沢元紀)がのぶを好きだったこと、それを知って告白できなかったが、そんな自分の背中を蘭子(河合優実)が押してくれたことを明かす。
かつて数学を教わりにきたのぶとの約束をすっぽかし、千尋に教えてもらえば良いと嫉妬をむき出しにした嵩の大きな成長ぶり。史実と異なる幼馴染設定にし、なおかつ史実と同じくのぶを再婚にしたことにより、嵩が過去も含めてまるごと愛する"器の大きな男"になった。巧妙な改変だ。
嵩は試験に見事合格し、三星百貨店に就職。デザイナーとして評価され、忙しい日々を過ごす。漫画を描くために新聞社をやめて上京したはずが、愛する人を幸せにしたいという思いで百貨店に就職を決めた嵩に対し、のぶは作り笑いを、八木(妻夫木聡)は暗い表情を見せる。「生活・生きること」の現実と「夢を追うこと」の間にあるズレはなかなか難題だ。
2人は、中目黒の長屋で新婚生活を始める。お風呂はなく、トイレは共同で天井には穴が空いているという環境だが、2人は幸せだった。
そんな2人のもとに、朝田家がやって来る。「物置みたいに可愛い部屋やね」とくら(浅田美代子)が言い、「ここ、東京やと思うたらオンボロでも素敵やー」とメイコ(原菜乃華)もはしゃぎ、羽多子(江口のりこ)と蘭子が諫めたり、フォローしたりするのはいつも通り。
しかし、朝田家来訪の本当の目的が、2人へのサプライズの結婚祝いだったことがわかる。そこに、登美子がまたも神出鬼没に登場。もはや新喜劇のようだが、背後から現れた嵩の伯母・千代子(戸田菜穂)の姿に、登美子の珍しいファインプレーと沸いた視聴者も多かったろう。
祝いの席には、次郎(中島歩)、釜次(吉田鋼太郎)、千尋(中沢元紀)、寛(竹野内豊)の写真も並ぶ。
戦後、男がみんないなくなった寂しい光景は、朝ドラではおなじみだが、遺された女性達のたくましいこと。そんな女性だけの宴席の隅っこに、長身であることを忘れさせるほどに一人ちんまり座り、その場にしっくりくる嵩は、いかにも嵩だ。実際、やなせたかしの職場も女性ばかりだったというから、この空気感も史実に近いものがあるのだろう。
そこで夫婦関係について語るくだりが、見事な演技合戦となっていた。女性陣が夫婦関係を振り返る中、メイコに問われた蘭子が「うちは豪ちゃんに一生分の恋をした。それがうちの心の支えやき」と語ると、それを聞いた登美子が涙し、蘭子をハグする。努めて微笑んでいるが、若干引き気味・のけぞり気味の蘭子の表情が絶妙だ。
そして「あなたの気持ちわかるわ」と言う登美子に、嵩が「母さん、父さん死んでから2回も結婚してるじゃん」と静かにツッコミを入れ、「合計3回も?」とくらが目を丸くし、「お母さん」と羽多子が諫める。しかし、登美子は「一生分愛したのはあなたのお父さんだけよ」と堂々と言い放ち、嵩の口元がちょっとゆるみ、呆れたようなテレ臭いような笑いを浮かべてのぶを見ると、のぶがほほ笑み返す。あまりに見事な一連のシーンだ。
「毒親」「酷い母」と言われる登美子だが、実際、第2話では登美子は嵩を置き去りにする前、嵩の散髪をし、耳が夫・清(二宮和也)に似ていると言った。清への消せない愛情が嵩への歪んだ執着になっていたのではないか。
宴席を抜け出した嵩を追ってきたのぶは、天井の穴から星空を見上げながら「うち、嵩と会えて、ほんまによかった......」と優しく話しかける。僕がもっと幸せにするという嵩に、「幸せって、誰かにしてもらうもんやなくて、2人でなるもんやないろうか」とのぶ。そして初めてのキスシーン。これは一発撮りだったことが明かされているが、幼馴染の2人の、ついでに6回目の共演だった「中の人」2人の、耳を真っ赤にしたあまりに初々しいシーンは、観ている側もテレ臭くて直視できないほどだった。
余談だが、登美子に「大人がやるものではない」と断じられ、一般的にも「大人が読むものではない」とも言われた漫画が、後に斜陽産業となる出版業界を支える存在となり、漫画に力を入れてこなかった会社は後乗りで必死に漫画に取り組む日が来ようとは。また、安定の百貨店がネット通販の台頭で厳しい戦いを強いられることになるとは。それぞれに世の無常を感じてしまう。
そして、2人の門出を見届け、東京を後にする朝田家。思い残しのない清々しいくらの表情に嫌な予感がすると、まもなくくらが釜次のもとに旅立ったことが明かされる。
百貨店でデザイナーとして活躍している嵩だが、手塚治虫の『新宝島』の話題が上がり、「冒険の海へ」に嫉妬を見せる。18週を終えてなお、アンパンマンは誕生しない。実際、やなせはデザイナー、作詞家など、様々な分野で活躍したが、漫画家としての成功は遠い。人生100年時代の今にふさわしい「大器晩成」の物語なのだ。
文/田幸和歌子


