【ばけばけ】うらめしく、美しい。視聴者に愛される"錦織"を背負った吉沢亮という役者

毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今回は「吉沢亮という役者」について。あなたはどのように観ましたか?

【前回】すごい芝居、すごい演出、すごい構成。圧巻の第18週で不吉さを残した「知事のセリフ」

※本記事にはネタバレが含まれています。

【ばけばけ】うらめしく、美しい。視聴者に愛される"錦織"を背負った吉沢亮という役者 pixta_90403416_M.jpg

髙石あかり主演の朝ドラ『ばけばけ』第19週「ワカレル、シマス。」が放送された。

トキ(髙石)の"ラシャメン"騒動も一段落。再び平和な日常が訪れたかに見えたが、あるとき、ヘブン(トミー・バストウ)は突然、「マツエ、フユ、ジゴク。ハナレル、シマショ」と、熊本行きを提案する。

すっかり馴染んでいる今、ここに来て再びの「マツエ、フユ、ジゴク」? 納得のいかないトキは「松江とも、家族の誰とも離れたくありません」と大反対。すると、ヘブンは雨清水家のタエ(北川景子)も三之丞(板垣李光人)も、「ラストサムライ」(勘右衛門/小日向文世)もみんな連れて行くと言う。それでもトキは反対し、夫婦喧嘩になるが、ヘブンは司之介(岡部たかし)、フミ(池脇千鶴)、さらにタエ、勘右衛門に熊本行きを提案。返事を先送りする司之介の一方、一蹴すると思われたタエと勘右衛門は、意外にも三之丞、タツ(朝加真由美)に相談すると答える。

一方、錦織(吉沢亮)はヘブンの『日本滞在記』で自分のことが「唯一の親友」と書いてあるのを目にし、ニヤニヤしてしまう。ヘブンとの関係も良好、いよいよ校長になり、弟・丈(杉田雷麟)が帝大に行く道筋を作ろうと意気込むが、そんな中、ヘブンが熊本に行くことを江藤知事(佐野史郎)から聞かされる。

錦織は狼狽え、ヘブンを訪ね、寒さ以外に何か理由があるのではないか聞き出そうとする。書きたいものがなくなったのでは? 虫について書こう、学校が気に入らないのなら、制服が気に入らないのなら......「何だってします!」という錦織に、ヘブンはしかし「サムイ、ソレダケ」。トキも引き留めようとするが、「ニシコオリサン、イチバンノトモダチ、デモ、カゾク、ナイ」と言うばかりだ。

そこから錦織は暖房器具や外套をプレゼントしたり、執筆のために虫関連の本を探したりするなど、必死に行動する。その空回りぶりは、すでに離れてしまった恋人の気持ちをつなぎ止めよう、取り戻そうとするかのような努力に見え、虚しく、切ない。松江随一の頭脳の持ち主「大磐石」だからこそ、錦織の鈍感さとズレ方が涙を誘う。

一方、フミやタエ、勘右衛門はヘブンの真意に気づいていた。なぜなら、騒動がおさまったように見える今も、トキは外出時にショールで常に顔を隠しているためだ。

ある日、トキがタエを訪ねると、タエは慣れない料理をしており、そこに埃まみれの三之丞が帰ってくる。荷降ろしをしている三之丞が得意げに腕の筋肉を見せると、(ヘブンいわく「ウデ、フトイ。アシ、フトイ」の)トキは思わず「ほそっ!」とツッコむが、三之丞はお金が入った封筒をトキに渡し、もっともっと働いて、もらった分全て返しに行くと伝える。また、タエは「この頃、家のことをするのが楽しくて」「ですから、大丈夫よ」と言い、トキに「自分のために、正直に生きて」と伝える。雨清水家の「トキ離れ」が頼もしく、切ない。

実際、トキは騒動が一段落してもなお、外を歩くだけで、人の立ち話が自分の噂話や悪口に聞こえ、白い目を向けられる恐怖に襲われ、過呼吸のようになってしまう。こうしたトキのPTSDを思わせる様子を直接目にしたわけでもなく、それでも心の奥深くを理解するのは、さすがの親友・サワ(円井わん)だ。

トキがサワを訪ね、寒いという理由でヘブンが松江を離れようとしていることを話すと、「松江気に入っちょるゆうてたのに、寒さに負けるって(笑)」と笑いつつ、漏らす。
「知っちょる人がおらんとこ行けるの、羨ましいなって」

トキと離れるのは寂しい。しかし、トキがヘブンと一緒になったときに、いつか西洋に行ってしまうかもと覚悟していたと言い、トキの心を解放するのだ。

「誰も知っちょる人がおらんってことは、周りも誰も自分を知らんってことだけんね。誰にも知られちょらんって、一からやり直せそうで憧れるわ。......って、そげなことない?」

海辺に佇むトキは、騒動後初めて外でショールを外し、深く息をする。

トキが家に帰ると、勘右衛門が来ていた。タツと松江に残る。トキと一緒にいたいが、それはトキのためにならないと言う。その理由は、自分達が一緒にいると、ヘブンがみんなの借金を返し、みんなを養っていること、それがわかるとまた同じような騒動が起きるのではないかと思うため。それは「熊本もどこも変わらん。一緒におらんほうがええ」と言うのだった。

家族がそれぞれトキを大切に思うからこそ、トキから離れようとしている。しかし、トキは「なして私の全てを奪おうとするんですか!大好きな松江も、大好きな家族も」とヘブンに泣きながら訴える。すると、勘右衛門に本当のことを話すよう促されたヘブンが言う。

「ソレ(ショール)ナシ、マツエアルク、デキマスカ」「シラナイトコロ、イキマショウ。ワタシタチノコト、ダレモシラナイクマモト、イキマショウ」

ヘブンの優しい嘘は、トキを守るためだったのだ。

そのとき、ヘブンを訪ねてきた錦織が、そのやり取りを立ち聞きしてしまう。錦織の真面目で清潔なうなじと襟足が切ない。玄関で物音がして、トキが外に出ると、そこには虫籠と虫の本が置いてあった。

数日後。庄田(濱正悟)が教壇に立ち、ヘブンが熊本に行くこと、自分が次の校長になることを生徒達に伝える。動揺する生徒達に、錦織はその理由を語り、教室を去る。
「私は、帝大を出ていない。庄田先生と一緒に東京で試験を受けたが、彼は合格し、私は残念ながら落ちてしまった。帝大卒業はもちろん、英語の教員資格免許すら持っていない」

これは生徒達も、ヘブンも、初めて知る事実だった。

いよいよトキ達が松江を離れる日。司之介とフミはトキを支えるため、熊本についていくことを決める中、船着き場には庄田や生徒達が見送りに来ていた。丈と正木(日高由起刀)はヘブンに教わるため、熊本に行くと伝える。しかし、そこに錦織の姿はなかった。その頃、自宅で『日本滞在記』を読んでいた錦織が喀血する。

『ばけばけ』のうらめしいところは、騒動が一段落し、世間の関心は他に移っても、悪意を向けられた側の不安や恐怖、心の傷はそう簡単に消えないリアルを容赦なく描くこと。それはSNSなどで誰もが発信できる今、我々自身が誰かを傷つけるリスク、傷ついた側にはその傷が長く残っていく可能性への警鐘に思える。

そして、今週の主役は間違いなく錦織だ。

トキが初めて会ったときの錦織は、大事な試験を前にピリピリしていた。案の定、過度な真面目さゆえに、本来の「大磐石」の力は肝心な時に発揮できず、試験にまさかの失敗を喫する。ヘブンの通訳を江藤知事に任じられると、三味線の音などに惹かれてフラフラ迷い込んだヘブンを追いかけ、天国遊郭に向かうが、真面目ゆえに敷地には入れず。

ヘブンのリテラシーアシスタントとしてサポートするも、トキとヘブンの仲には全く気付かず、ヘブンからトキへの告白を聞いたときには、驚きと戸惑いとテレで、なんとも気まずい表情を浮かべていた。校長になろうと必死なのも、自身の出世欲ではなく、弟に自分が叶えられなかった道を歩ませるため。

おそらく吉沢亮という役者が持つ、うっすら身にまとう孤独感、どこかしら"異邦人"の佇まいが、錦織という人物を、さらに切なく、うらめしくさせているのだろう。だからこそ、錦織が友を得ると、視聴者も嬉しいし、錦織が空回りすると、おかしく切なく応援したくなるし、錦織が笑うと、視聴者も楽しくなる。吉沢亮のコメディセンスを支えているのも、セリフの間やトーン、真顔や横顔、後ろ姿の雄弁さだけじゃなく、彼の美しさ・考えすぎる真面目さ・うらめしさなのかもしれない。

文/田幸和歌子

 

田幸和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。ドラマコラムをweb媒体などで執筆するほか、週刊誌や月刊誌、夕刊紙などで医療、芸能、教育関係の取材や著名人インタビューなどを行う。Yahoo!のエンタメ公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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