毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今回は「圧巻の第18週」について。あなたはどのように観ましたか?
【前回】「私はおトキにはなれん」"幸福"を掴まなかったサワ(円井わん)が守り抜いたもの
※本記事にはネタバレが含まれています。

髙石あかり主演の朝ドラ『ばけばけ』第18週が放送された。
一躍"時の人"となったトキ(髙石)と親友・サワ(円井わん)の間に生まれた経済格差による溝も解消、仲直りした第17週に続き、提示された第18週サブタイトル「マツエ、スバラシ。」の不吉さ。そこに輪をかけ、「貴婦人」「憧れ」ともてはやされるトキを心配するタエ(北川景子)の言葉「気をつけるのですよ、驕れる者は久しからず」が冒頭で重く響く。
どこに行っても注目のヘブン(トミー・バストウ)とトキ。仕事から帰ったヘブンが人目をはばからずトキをお姫様抱っこし、クルクル回るラブラブぶりなどには、思いがけない落とし穴がありそうで、確かに「気をつけるのですよ」と忠告したくもなる。
松野家はヘブンのおかげで、いよいよ借金を完済。銭太郎(前原瑞樹)も正装して松野家の借金完済パーティに参加する。何もしてない司之介(岡部たかし)が上座で感涙を見せるあたり、本作のブレなさが細部に行き届いているが、そんな中、小学校を辞めてずっと借金返済のために働き続けてきたトキは「またいつか勉強してみたい」と夢を語る。大人のトキが教室で教師のサワに勉強を教わる妄想に、トキとサワは親友でありつつ、昔からサワがしっかりした「お姉ちゃん」的存在で、その若干の上下関係・力関係が二人にとっての心地よい関係なのだと改めて思う。
しかし、そんな幸せが一瞬にして壊れる。きっかけは、松野家の借金返済パーティにひょっこり現れた記者・梶谷(岩崎う大)が、ヘブンのおかげで松野家の借金が返済できたという内容の「ヘブン先生日録」を記したこと。この記事のせいで、トキが借金のかたに売られた妾(ラシャメン)だと世間に思われてしまったためだ。
世間の目や、世の中の空気は、ふとしたきっかけで一瞬にして変わる。このコラムの第16週分でもトキが豊かになり、"持てる"側に行ったあたりから、視聴者の多くはサワに感情移入し、トキとヘブンに向ける目が冷たくなっている変化を指摘した。
それがドラマ内ではさらに激烈に、軽蔑の目に変わるのが、第18週。トキが街を歩くと、「ラシャメン」という陰口が聞こえ、ヘブン一家グッズが燃やされている。司之介は顔に傷を負って帰宅し、転んだだけと言うが、庭にはうちわが投げ込まれ、そこには「ラシャメンおトキ」の文字が。それを見た瞬間、トキは父の顔の傷に目を向ける。二つが結びつき、沸騰したように頬が瞬時に紅潮、怒りや悔しさ・悲しさで目の色が変わる髙石あかりの芝居には、圧倒される。トキは自分のことではヘラヘラ笑って、悲しさ苦しさに気づかないフリをする場面が多かった。そうしないと生きて来られなかったためだが、身内のこととなると、こんなに激しい怒りを目に宿すとは。
ヘブン達を心配した錦織(吉沢亮)が訪ねてくると、ヘブンは「ホントウノトモダチ」と感謝する。そこに騒動の発端・梶谷が登場。司之介がつかみかかるが、なおも梶谷は言う。
「おトキさんは本当にラシャメンだないんですよね?」
そこでヘブンが激昂、梶谷を追い払う。初めて見るヘブンの激しい怒りに、驚くトキに、ヘブンは「ダイジョウブ、ワタシ、アナタヲマモル、シマス」と約束する。
そんな中、トキとフミ(池脇千鶴)は変装して買い物に出るが、しじみも売ってもらえず、石を投げつけられ、トキが額にケガを負ってしまう。もともと誤解だったとはいえ、松野家と雨清水家を養うためにラシャメンを覚悟してヘブンの女中になったトキ。また、「石を投げられ」というのも、最初にラシャメンを志願したなみ(さとうほなみ)が言っていたこと。一度は覚悟したとはいえ、当事者になってみないとわからない地獄はある。しかも、幸福の絶頂からの落差は想像を絶するものだろう。
傷の手当てをしたところに、ヘブンが帰宅。布をかぶり、傷を見られまいとごまかして笑う声が、笑い声にも泣き声にも聞こえる。トキの額の傷に気づき、ヘブンが強く抱きしめると、今度は明確な泣き声に変わる。顔を見せず声色だけで伝える髙石のすごさ。
怒りを爆発させ、外に飛び出そうとするヘブンをトキが制止する。「やめてごしなさい」という大きな声、体格の良い西洋人男性の襟首をしっかり襟首つかみ、「大丈夫ですけん! 大丈夫ですけん!」と制止する強さ。トキの気丈さを感じると共に、かつてラシャメンを所望したと誤解されていたことを知ったときのヘブンの「ダキタクナイ」発言や、しじみ売りのトキが武士の娘とは信じられないと言った根拠「ウデ、フトイ。アシ、フトイ」が蘇る。
日常を丁寧に積み重ねてきた本作だからこそ、これまでの様々なシーンやセリフが結びつき、最も辛いどん底のシーンに圧倒され、心を強く揺さぶられ、と同時に思い出してしまうかつての笑いの場面と納得感とで、感情が忙しい。
床についたトキの背中に向かって、ヘブンはそっと謝る。
「ゴメンナサイ、ワタシ、イジンダカラ」
暗闇の中、声を殺して、そっと涙をこぼすトキのアップ。すごい芝居、すごい演出だ。
翌朝、ガタガタ門扉を叩く音に警戒心走るが、現れたのはサワだった。「なんかね、これ?」と庭に捨てられたゴミを拾いながら入ってくると、「もうーー、おサワー!」とすねたようにトキが言い、大声で子供のように泣き、「私のせい?」と言うサワに「そげじゃ」と司之介、「そげだわね」とフミが笑う。そこにさらに、心配してきてくれたなみ(さとうほなみ)も登場。さらに夕方には、錦織や庄田(濱正悟)、教え子たちもヘブン一家を心配してやって来る。
有名人や人気者になると、突然もてはやし、群がる人間が多い一方、大切な人と距離ができてしまうこともままあるが、そんな展開を描いた上で、ここで「友情」のありがたさが染み入る「ラシャメン」騒動を持ってきた構成が、実に巧みだ。
しかし、一向に収まる気配がなかった騒動が、突如として収束する。理由は、江藤知事(佐野史郎)の「食い逃げ」が梶谷によって報じられ、世間の関心は「食い逃げ知事」に移ったためだ。
実際には秘書の支払い忘れだったのだが、錦織は「しかし大変なことになりましたね......ですが......まあなんといいますか、ありがとうございます」と礼を言い、その意味を問われると「潮目が変わったといいますかなんといいますか、さすがは江藤県知事。良い食い逃げでした」
知事の不測のファインプレー(?)に救われた形だが、このくだりにメディアやSNSと、それに踊らされる世間の無責任さを重ね合わせて観た人も多かっただろう。
かくして騒動が終わった夜、書き物に向かう姿勢で、トキに背を向けつつ、ヘブンは言う。
「ゴメンナサイ。イジン、イッショニナッタカラ。ワタシ、ワルイ、ゴメンナサイ」
するとトキはきっぱり否定、二度と謝らないでくれと言い、2人の間にようやく平和が訪れた。
しかし、不吉さを漂わせるのは、知事の騒動が収まった後の知事の言葉「ラシャメン騒動も終わり、ヘブン先生も盤石。わしの騒動も終わり、わしも盤石。ゆえに君は文字通り大盤石だがね」の言葉。次の世間の無責任な攻撃は、帝大卒でもない、教師免許も持っていないままに校長に就任する錦織に向けられる展開になるのか。
そして、ヘブンの日本滞在記が無事出版され、好調な売れ行きとなる中、ヘブンは松江を離れると言い出す。次週も厳しい展開が待っていそうだ。
文/田幸和歌子




