あなたの気持ち、届いてますか? デジタル時代にこそ知っておきたい禅語「面授」とは

SNSの普及が、新たなストレス源になっている――。「世界が尊敬する100人」に選ばれた禅僧・枡野俊明住職はそう指摘します。SNSに振り回されず、穏やかに生きるためには、どうすればよいのでしょうか。そこで、住職の新刊『何を言われても「平気な人」になれる禅思考』(扶桑社)より、繊細な人が傷つかずに暮らすためのエッセンスを連載形式でお届けします。

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「平気な人」はアナログのおつき合いも、大事にしている

SNSへの〝依存度〟はこれからますます高まるばかりなのでしょうか。わたしはそのことにかなり危惧(きぐ)を抱いています。

デジタルなコミュニケーション、つまり、LINEやメールによるコミュニケーションでは伝わらないことがあると思うからです。

その代表的なケースが「感謝」と「お詫び」でしょう。

悩んでいるときに助言をくれた、困っているときに手を差し伸べてくれた、素敵な心配りをしてくれた......。そんなときに、LINEで、

「このたびはほんとうにありがとうございました。お蔭様で助かりました。心から感謝を申し上げます」

とお礼の言葉を書き送ったら、その気持ちが相手に伝わるでしょうか。

どれほどたくさん感謝をあらわす言葉を書き連ねたとしても、こちらが思っているほどには相手に伝わらないと思います。

言葉だけから、心を汲みとるのは、とても難しいのです。

ちゃんと相手の前に立って、感謝の言葉を述べる。

たとえ、言葉は「ありがとうございます」という短いものであっても、そのときの明るい声の調子や晴れ晴れとした表情から、相手は心を感じてくれるのです。

「おっ、悩みから抜け出したんだな。その声と表情でよくわかる。助言が少しでも役に立ってよかった。わざわざお礼にきてくれるなんて、行き届いた心配りができる人なんだなぁ」

感謝の気持ち、心が伝わるとはこういうことでしょう。

LINEに並ぶ文字を見て、「まあ、ずいぶん、長々とお礼らしきことが書いてあるじゃないか」と受けとめるのとは天と地ほども違います。

「面授(めんじゅ)」

これは、師が弟子に真理や教えを伝える際の心がまえについていっている禅語です。

その意味は、ほんとうに大切な真理や教えは、師と弟子がきちんと向き合い、顔と顔を合わせて授けるものである、ということです。

感謝についても同じことがいえると思いますし、お詫びの場合はもっとその姿勢が求められるのではないでしょうか。

自分が謝罪される側になって考えてみてください。

メールやLINEで、「申し訳ありません」とお詫びの文言が送られてきたら、どんな気持ちになりますか?

「謝罪をメール(LINE)ですますつもりか。ほんとうに申し訳ないという気持ちがあるとは思えないな。『とりあえず、謝っておけばいい』くらいに考えているに違いない。誠意がこれっぽっちも感じられない」

おそらく、腹立たしさが先に立つのではないかと思うのです。

すぐさま自分のもとに足を運んできて、深々と頭を下げる。お詫びを伝えるのにそれ以上の方法はありません。

しかも、デジタルなコミュニケーションでは、相手の反応がわかりません。感謝に対して、「そんなに気を使わないでください」、謝罪に対して、「納得しました」といった返信があったとしても、相手の顔も見えなければ、声も聞こえないわけですから、実際には相手がどう感じているか、判断できませんね。

そこに不安が生まれる隙間があります。

「この感謝の気持ちを額面どおりに受けとってくれただろうか?」「ほんとうに許してくれているのか?」。

そんな思いがいつまでも残り、心がざわつきます。

相手を前にしたアナログコミュニケーションなら、反応が手にとるようにわかりますから、それを感じながら、自分の気がすむまで、感謝も、お詫びも、できます。

そして、感謝を受けとってもらった時点、お詫びを受け容れてもらった時点で、すべて完了。心に引きずるものはなにもありませんから、その後は平穏な気持ちでいることができます。

この差は大きいと思いませんか?

アナログのおつき合い(コミュニケーション)が必要な状況は、正しく心得ておきましょう。

ただし、感謝や謝罪をしなければならない相手が遠方にいて、すぐには出向けないということもあるでしょう。

その場合は、〝二段がまえ〟で臨むのがいいのではないでしょうか。

まず、電話で端的に感謝や謝罪をする。

こちらは声と声のコミュニケーションですから、相手が受ける印象はメールやLINEとは明らかに違います。その後、あらためて手紙で感謝、謝罪をするのです。

ここでの鉄則は、自筆でしたためること。

字の巧拙(こうせつ)は関係ありません。金釘(かなくぎ)流だろうと、稚拙な筆致だろうと、心を込めて感謝や謝罪の言葉を綴ればいいのです。

気持ちは、必ず、届きます。

感謝とお詫びは、アナログ以外はNG

何を言われても「平気な人」になれる禅思考、その他の記事リストはこちら!

「平気な人」書影.jpg5つの章にわたって、「繊細な人が傷つかないための41の教え」を掲載。SNSでも実生活でも「何を言われても平気な人」になるためのヒントが満載です。

 

枡野俊明(ますの・しゅんみょう)

曹洞宗徳雄山健功寺住職、多摩美術大学環境デザイン学科教授、庭園デザイナー。大学卒業後、大本山總持寺で修行。禅の思想と日本の伝統文化に根ざした「禅の庭」の創作活動を行い、国内外から高い評価を得る。2006年「ニューズウィーク」誌日本版にて「世界が尊敬する日本人100人」にも選出される。主な著書に『禅、シンプル生活のすすめ』『心配事の9割は起こらない』などがある。

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『何を言われても「平気な人」になれる禅思考』

(枡野俊明/扶桑社)

「もう心ない悪口に、振り回されない!」繊細な人ほど、心ない悪口に翻弄され、ストレスを溜め込んでしまいます。禅の教えの究極は“動じない心”を持つこと。「世界が尊敬する100人」に選ばれた禅僧が、SNSで振り回されず、穏やかに生きて行く方法を初めて記した注目の新刊です。

※この記事は『何を言われても「平気な人」になれる禅思考』(枡野俊明/扶桑社)からの抜粋です。
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