オイルショックは起こる?識者に聞いた「アメリカとイランの関係悪化の生活への影響」

2017年にトランプ米大統領が就任して以降、アメリカとイランの間に緊張が走っています。中東の情勢不安は、私たちの生活にどのように影響するのでしょうか。現代イスラム研究センター理事長の宮田律先生に聞きました。

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イランに対するアメリカの強硬姿勢

アメリカとイランの関係が緊迫しています。イスラム社会の研究を続ける宮田先生は、「その発端は、アメリカの『イラン核合意』からの一方的な離脱です」と指摘しています。2017年に就任したトランプ米大統領が、この「イラン核合意」には致命的な欠陥があるとして18年5月に一方的に合意から離脱し、イランへの経済制裁を再開したのです。

※イラン核合意とは?
2015年7月に米英独仏中ロとイランの間で結ばれた、イランの核開発を大幅に制限することを目的とした合意です。イランには、核兵器に転用できる高濃縮ウランなどを15年間生産しないなどの制限がかけられました。アメリカや欧州各国はその見返りとして、それまでイランに対し行っていた経済制裁を16年1月から緩和しました。しかし「イラン核合意」には、制限付きとはいえイランが核兵器開発を継続できることや、弾道ミサイル開発の制限がないことなどから致命的な欠陥があるとして、アメリカは18年5月に離脱しました。

その後アメリカはイランに対する挑発を繰り返し、まさに一触即発の状態が続いています。トランプ米大統領はイランの核開発を一切認めないという姿勢を貫いていますが、理由はそれだけなのでしょうか。

宮田先生は、トランプ米大統領の真の目的は、イランの現在のイスラム共和国の体制を解体し、親米国家に転換させるのと同時に、イラン国内のエネルギー資源を狙っているのだと見ています。「トランプ米大統領の支持基盤である、政財界に影響力を持つユダヤ系アメリカ人社会、イスラエルを支援することが信仰の柱となっているキリスト教福音派、そして軍需産業。これらの意向が政策に影響しているということでしょう」。ユダヤ人国家であるイスラエルは、イランとは対立しているのです。

一方で、同様に核開発を進め、事実上の核保有国である北朝鮮の最高指導者である金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長とは、この6月には韓国と北朝鮮の軍事境界線で会い、そのまま北朝鮮側に入って会談を行うなど、強硬的な姿勢は見られません。「イランと北朝鮮の違いは第一に、ICBM(大陸間弾道ミサイル)を保持しているかどうかです」と、宮田先生。北朝鮮はアメリカ本土に直接攻撃できる手段を持っていますが、イランにはそれがないというのです。さらにもう一つ。「北朝鮮の背後には中国がいるということ。一方イランですが、基本的には背後に大国はいません。アメリカも、大国と直接軍事衝突することは望んではいません」

このダブルスタンダードともいえるアメリカの姿勢から、宮田先生は「トランプ米大統領は、イランとの戦争を視野に入れているのでは」と分析しています。

反面、イランはアメリカとの戦争は避けたがっているようです。「勝ち目がないのは分かっていますし、1980年代のイラン・イラク戦争で多くの人が犠牲になったことをイラン国民はまだ生々しく覚えています」。しかし、アメリカの挑発が止まらなければ、「我慢の限界、もしくはイラン国内の一部で暴走が起こるかもしれません。そして、それをトランプ米大統領は攻撃の口実にするでしょう」。

私たちの生活への影響はどんなもの?

この国際情勢には、もちろん日本も無関係ではありません。6月に安倍晋三首相が日本の現職首相としては41年ぶりにイランを訪問しました。アメリカ、イラン両国の緊張緩和が大きな目的の一つでした。しかし、安倍首相がイランに滞在中、日本の海運会社が運航するタンカーが原油輸送の大動脈ともいわれるホルムズ海峡沖で何者かに攻撃を加えられたことがニュースになりました。

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その後もホルムズ海峡近辺では各国の船舶が拿捕(だほ)されたり、行方不明になったりと、緊張が続いています。ホルムズ海峡は上の地図のように、原油を中東の原産国から輸入する際にはほとんどの場合で通過することになる、世界中の原油輸送の要所です。日本が輸入する原油の約8割も、ここを通過しています。「今後の情勢の悪化によっては、世界の原油価格に影響を及ぼすでしょう」。

もしそうなった場合、私たちの身近な生活にも影響が出てきます。70〜80年代に中東の情勢変化で二度にわたって起きた「オイルショック」と呼ばれる不況を覚えている方もいらっしゃるでしょう。日本では、トイレットペーパーの買い占めの場面がオイルショックの象徴として、よく知られています。

「いまはトイレットペーパーの買い占めのような騒動は起こらないと思いますが、ホルムズ海峡周辺の情勢悪化は原油価格の上昇につながります。身近なところではガソリンの値上げは避けられないでしょう。また、原油価格が上昇すると株価が下がり、不況が訪れます。私たちの生活にも大いに影響するのです」

さらに恐ろしいのは、アメリカとイランの間で軍事衝突が起きた際だといいます。そうなった場合、イランと対立するイスラエルとの間でも、衝突が起こる可能性があります。「もしイスラエルがイランを攻撃するとなった場合、自国の防衛権を主張してイランの核施設を攻撃するというシナリオも十分考えられます。そうなるとイランだけではなく、中東全体、最悪の場合それ以上の広範囲が火の海と化していく可能性もあります。非常に危うい状況なのです」。

ガソリン価格の上昇だけではなく、不況、そして最悪の場合戦争にもつながりかねないアメリカとイランの緊張関係。もはや私たちにとっても、対岸の火事ではありません。

こーなる!暮らしへの影響

●この緊張関係は、原油価格の高騰につながります。

●原油価格の高騰は不況のきっかけになります。

●アメリカとイランの軍事衝突が起こる可能性もあります。

●万が一軍事衝突が起これば、イスラエルや中東全体、最悪の場合、それ以上の範囲に飛び火する恐れもあります。

取材・文/仁井慎治

 

一般社団法人

現代イスラム研究センター理事長

宮田 律(みやた・おさむ)先生

1955年、山梨県生まれ。静岡県立大学国際関係学部准教授などを経て、2012年から現職。専門はイスラム地域研究など。近著に『無法者が塗り替える中東地図』(毎日新聞出版)。

この記事は『毎日が発見』2019年9月号に掲載の情報です。

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