世の中には、誰もやりたがらない面倒な仕事がある。
それをこなす存在は唯一無二。
そういう人がいるからこそ、この世界は上手く回っている。
※本記事はダ・ヴィンチWebの転載記事です
『藩邸差配役日日控』(砂原浩太朗/文藝春秋)
『藩邸差配役日日控』(砂原浩太朗/文藝春秋)は、そんな誰もやらぬ......いや、誰にもできぬ役目を果たすのがつとめという男・里村五郎兵衛の姿を描き出す時代小説だ。
タイトルにもなっている五郎兵衛のお役「差配役」とは、いわば、江戸の総務部総務課。
里村五郎兵衛の家は、代々、神宮寺藩七万石の江戸藩邸で差配役をつとめており、口のわるい者からは陰で「何でも屋」と言われている。
江戸の街では日々、大小さまざまな事件が巻きおこり、五郎兵衛はそれを解決するために奔走する。
そんな多忙極まる男を、『高瀬庄左衛門御留書』や『黛家の兄弟』(どちらも講談社)などの著作で知られる砂原浩太朗氏が鮮やかに描き出していく。
ひとたびページをめくれば、そこは江戸。
そして、その街で悩み抜く五郎兵衛の息遣いがすぐそばに感じられる。
「何でも屋」と呼ばれる通り、五郎兵衛のつとめは藩邸の管理を中心に、殿の身辺から襖障子の貼り替え、厨のことまで多岐にわたる。
大小によらず藩邸内の揉め事が持ち込まれるのは、この男にとっては日常茶飯事だ。
ある時、五郎兵衛は、今年十歳になる世子・亀千代が失踪したという報を受ける。
お忍びで桜を見に上野へ遊山に出かけた亀千代は、その道中、突如姿を消したらしい。
もしや拐かされたのか。
下手をすれば、二、三人腹を切ることになるかもしれない。
五郎兵衛は亀千代の行方を追うが、さらに藩内では女中をめぐる一騒動が起きたり、ご正室が五郎兵衛に無理難題を言い渡してきたり。
おまけに大きな陰謀が蠢いていて......。
遠く時間を隔てた江戸が舞台だというのに、どうして五郎兵衛の姿がこんなにも身近に感じられるのだろう。
「差配方がおらねば藩邸はまわっていくまい」とさえ言われるほど、やり手の五郎兵衛の奮闘や、厄介ごとの落着に清々しさがあるからだろうか。
それももちろんそうだが、五郎兵衛をとりまく人間模様を知るにつれて、五郎兵衛に共感させられる。
たとえば、彼のふたりの上役は、胡乱というよりほかない人物だ。
世子・亀千代が失踪したおり、「無理に見つけずともよい」と言い放った江戸家老の大久保重右衛門。
その大久保と対立し、「どちらにつくか」と迫る留守居役・岩本甚内。
目上の人に頭を悩まされるのは、いつの時代でも同じこと。
それでも、五郎兵衛は自分のため、そして家族のために、信念を持って目の前の問題と向き合っていくのだ。
出仕したばかりで、やる気の感じられない若侍・安西主税や、彼の態度をたしなめる副役の野田弥左衛門などの五郎兵衛の下役たちも個性豊か。
登場人物たちの掛け合いが何とも心地よいうえ、面倒な職務に読み手も思わず唸らされる。
「いつの時代も、どんな仕事も、一筋縄にいくものではないのだな」「それでも、自分のため、そして、家族のために力を尽くさねばならないのだよな」と、五郎兵衛に心寄せてしまう。
藩内で巻きおこる厄介ごとの数々。
五郎兵衛はそれをどう処理していくのか。
そして、この藩にはどんな陰謀が企てられ、何が五郎兵衛を待ち受けているのか。
思いがけない展開、終盤にかけて明らかになる事実には、ハッと驚かされること間違いなし。
どうかあなたも五郎兵衛の奮闘を見守ってほしい。
そうしているうちに、いつの間にかその姿に励まされている自分に気付かされることだろう。
文=アサトーミナミ