【らんまん】作り手の「本気」が伝わる震災描写...最小限の表現で描いた「混乱」と「おぞましい事実」

毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「主人公の最後の冒険」について。あなたはどのように観ましたか?

※本記事にはネタバレが含まれています。

【先週】残り2週、主人公の冒険はどこへ...奪われる植物への「憂い」と覚悟の「決別宣言」

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長田育恵作・神木隆之介主演のNHK連続テレビ小説『らんまん』の第25週「ムラサキカタバミ」が放送された。

これまでも幾度となく唸らされてきた本作でも、今週の驚きは格別だった。なにしろ朝ドラでは通常、大団円に向けて畳んでいくばかりのラスト2週というタイミングで、今年で100年の節目となる関東大震災が描かれたのだから。

万太郎(神木)の「日本植物誌図譜」はいよいよ完成。万太郎は、国の大号令である神社合祀で失われようとしているツチトリモチ(日本ではまだ雌株のみで、解明されていない珍しい植物)を保護するため、ツチトリモチの原稿を書こうとしていた。それは国と、国に従う大学に異を唱える行為だが、万太郎は大学の人間である前に1人の植物学者であると言い、大学を辞めることを寿恵子(浜辺美波)に伝える。しかし、寿恵子は「大学とツチトリモチとの天秤なのね。釣り合いませんね」と言い、子どもたちは口々に国に対する不満を述べ、万太郎の覚悟を後押しする。国を愛せと言うが、国への愛は身近な故郷への愛着から生まれるものなのに、鳥もいなくなる......と言う子どもたちは、立派に植物を、生き物を愛する槙野チームに育っていた。日本中の植物を解き明かし、図鑑を作るという万太郎の大願を自身の大願とし、実現に向けて、大変な生活でも楽しんで来た母の姿を見てきたことで、子どもたちにとっても叶えたい共通の願いになっているのだろう。

そんな中、りん(安藤玉恵)が長屋の差配人を引退、千歳(遠藤さくら)が引き継ぐことになる。万太郎に礼を言い、「万さんのおかげでとんでもないことだらけだったねえ」と笑うりん。まだ若い頃の彼らや、賑やかだった懐かしい日々が回想シーンとして映し出された。さらに千歳と虎鉄(濱田龍臣)が結婚。その後、孫の虎太郎として、万太郎の幼少期を演じた森優理斗が再登場。おじいちゃんが孫に標本の意義を教える微笑ましい場面も描かれる。

一方、万太郎はツチトリモチを収載した「日本植物誌図譜」を刷り上げ、論文も書き、徳永教授(田中哲司)に見せ、辞表を渡す。いったんは万太郎を引き留めた徳永も、その決意を受け止めると「良く描けている。こんな植物画、お前だけだ」と称える。そして、かつて日本文学が好きだと打ち明け、万太郎と心が近づいたときのように、歌を詠み合い、別れるのだ。

さらに万太郎は工科大学教授として着任が決まった盟友・広瀬佑一郎(中村蒼)と再会。しかし、佑一郎は派閥に興味がなく、食事の誘いを全て断っていると言い、改めて目指す場所が同じことを確認し合う。それだけで大団円の空気なのに、今週はこれがまだ序盤なのだ。

月日は経ち、1923年9月1日。いよいよ図鑑が完成し、印刷所に入れる段で、突然大きな揺れが発生する。関東大震災だ。

標本の棚は激しく揺れ、崩れ落ち、万太郎は寿恵子を探し、二人無事を確認し合う。しかし、そこからさらに大きな揺れが襲うリアル。万太郎は寿恵子に「はよ、逃げ!」と言いつつも、標本を救い出そうとする。寿恵子も子どもたちも最初は止めるが、標本を諦めない万太郎を助け、大学へ向かい、避難を始める。しかし、町はどさくさ紛れの火事場泥棒なども出現し、混沌とした有様で、寿恵子は渋谷に逃げようと提案する。当時の震災の映像をカラー化した映像も流れ、NHKの本気が随所に見られる震災描写だ。

一方、虎鉄は神田の大畑印刷所にいたが、元火消しの大畑(奥田瑛二)は「町の人を助けろ! 守れ!」と奮闘。町の人たちの協力の元、何とか消火に漕ぎつける。

そんな中、際立っていたのは、最小限の表現で震災時にどんな混乱が起こっていたかを見せる脚本の見事さ。

息子たちが口々に語った自警団のことや、長屋に標本を見に戻ろうとする万太郎を引き留める言葉「もう人間がおかしくなってるんだ! もう植物どころじゃないんです!」。さらに戻る道中、止められた万太郎が「根津の十徳長屋に」とだけ言うと、通らせてもらえたおぞましい理由――これは先述の関東大震災特番でも触れられていたほか、公開中の映画『福田村事件』に詳しいが、わかる人にはわかる、知ると恐怖する事実がさりげなく盛り込まれている一方、そこは本筋ではないため、あえて説明しないこと。

長屋に戻った万太郎は、そこで虎鉄と再会。焼け跡から徳永が高く評価してくれた植物画・ツチトリモチの石版の欠片と、寿恵子の大事な『八犬伝』、亡き娘・園子のヒメスミレの絵を見つけ、胴乱に入れる様もさりげなく描かれる。

完成していた図鑑の原稿も、40年かけて集めてきた標本も震災で失った万太郎だが、しかし、諦めてはいなかった。こんな中でも咲いているムラサキカタバミに勇気づけられ、また図鑑執筆と標本集めを始めようとする万太郎の姿に、寿恵子はある決断をする。それは、高価値になった渋谷の店を売り、万太郎が静かに研究に打ち込める場所を手に入れること。万太郎が植物の精なら、寿恵子はその純粋な精を守り抜くヒーローだ。

残りはいよいよ5話。その一つ一つを大切に噛み締めながら最終週を見守りたい。

文/田幸和歌子
 

田幸和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。ドラマコラムをweb媒体などで執筆するほか、週刊誌や月刊誌、夕刊紙などで医療、芸能、教育関係の取材や著名人インタビューなどを行う。Yahoo!のエンタメ公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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