心理学博士が教える、イヤな記憶を「塗り替える」劇的な効果とは

20年以上、心理学研究を進めてきた榎本博明先生。新刊『なぜイヤな記憶は消えないのか』(角川新書)では、「よい人生の鍵は、財産の多さでも環境でもなく『記憶』である」と書いています。同じような境遇でも前向きな人もいれば、つらく苦しい気持ちになってしまう人もいるのは、その人の記憶の持ち方の違いによるそうです。ここでは前向きになれるヒントを紹介します。

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思い通りにならないことばかりの人生だと嘆く人が多い。

気がつくと、これまでに経験した嫌なことばかり思い出して落ち込んでいる自分がいるという人は、失敗したときのことや嫌な思いをしたときのことを思い出すと気分が落ち込み、元気がなくなるから、思い出したくないのだが、いつの間にかそうした記憶を反芻(はんすう)しているのだという。

そのせいで、すべてに消極的になってしまう。失敗した記憶や頑張ってもうまくいかなかった記憶ばかりがあるから、何をするにも「どうせうまくいくわけがない」と投げやりになってしまうのだという。

そして、「自分はダメ人間だ」「何をやっても中途半端になってしまう」「こんな自分が嫌でたまらない」と嘆く。できることなら人生をやり直したいけど、今さらどうにもならないしと、諦(あきら)め顔で語る。ほんとうにどうにもならないのだろうか。

過去のことを思い出すと気分が落ち込むから、過去は振り返らないようにしているという人もいる。それもひとつの自己防衛の手段だが、自分史を振り返れない人生というのもちょっと淋(さみ)しい。

自分の過去とは、自分の成立基盤であり、いまの自分の成り立ちを説明する材料が詰まっている。そこには自分の原点が含まれている。それに蓋(ふた)をして、自分の過去の記憶とのふれあいを断ち切るということは、自分自身を見失うことにつながる。

そこで考えるべきは、過去に蓋をするのではなく、過去についての記憶を塗り替えることだ。

過去に蓋をするのではなく、過去を塗り替える

記憶を塗り替えるなんて、非常にいかがわしいことを言い出したのではないかと思われるかもしれない。

嫌な出来事なのに、その受け止め方をポジティブにしようなどというのは、一種のごまかしなのではないか、といった疑念を抱く人もいるかもしれない。だが、これはけっしてごまかしなどではない。

そもそも、出来事そのもの、生の現実などというものがどこにあるのだろうか。私たちが経験できるのは、自分の目に映る現実の姿、自分の視点から評価した出来事のもつ意味である。私たちが生きているのは、物質で成り立つ客観的な世界ではなく、意味で満たされた主観的な世界である。

同じ経験に対しても、人によって意味づけの仕方はいろいろと違ってくる。冗談っぽくからかわれて、「人のことをバカにしやがって」と真っ赤になって怒りだす人がいるかと思えば、「親しみを感じてくれてるんだな」と嬉(うれ)しくなって冗談っぽく言い返す人もいる。大事なのは、出来事そのものよりも、それに対する意味づけなのだ。

懐かしい記憶を拾い集めよう

では、厳しい状況に陥ったとき、「何とかなる」と思うか、「もう無理だ」と思うかは、何で決まるのか。それは、過去の経験、つまり自伝的記憶(※)である。厳しい状況でも諦めずに頑張り抜くことで、何とか状況を好転させることができたという記憶が喚起されれば、「何とかなる」と思うことができる。だが、厳しい状況を何とか好転させようと頑張ったけど、どうにもならなかったという記憶が喚起されると、「もう無理だ」と思ってしまう。

※自伝的記憶...自叙伝をつづるように物心ついてからのありとあらゆる出来事やそれにまつわる思いが刻まれていて、現在も日々新たな経験が刻み込まれていく記憶のこと。

そこで大切なのは、明るい未来につながる前向きの記憶をつくっておくことである。未来に明るい展望を描くことができれば、今の自分の生活がどんなに苦しくても、そこで頑張り続けることに意味や張り合いを感じることができる。

そのような記憶とのふれあいを多くするには、下に挙げたような方法でときどき思い出す時間をもつことが必要だ。気分の良いときに過去を振り返る。すると心地良い気分に馴染(なじ)む記憶が引き出される。それを繰り返すことで、心のエネルギーが湧いてくるような記憶へのアクセスが良くなる。

前向きな気分で日々快適に過ごせるように、懐かしい記憶の掘り起こしに挑戦してみたらどうだろうか。そして日記を付けるように、懐かしい出来事とそれにまつわる思いを記録してみるのもよいだろう。

<心のエネルギーが湧いてくる記憶とのふれあいを多くするコツ>

●故郷を歩いてみる
故郷には、思い出せなくなっている自伝的記憶を呼び覚ます力がある。

●青春時代を過ごした街など懐かしい場所を訪ねてみる
懐かしい場所に出かけてみて、懐かしい気持ちに浸ると、前向きな気持ちになれる。

●アルバムを開いてみる
私たちにとってアルバムはとても貴重な心の財産になっている。

●旅の記念品、家族の遺品など思い出の品を取り出してみる
思い出の品の中でも、遺品は懐かしい人にまつわる記憶を喚起する抜群の威力を持つ。

●日記をひもといてみる
若き日の日記を読むのは気恥ずかしいものだが、そこにはかつての自分が息づいている。

●昔読んだ本を読んでみる
かつて自分が読んだ本の中には、当時の状況や内面を知る手がかりがちりばめられている。

●昔聴いた曲を聴いてみる
若い頃に聴いた曲を聴くと久しく思い出さなかった出来事や自分の状況を想起したりする。

●旧友との語らいの場を持つ
学生時代の友達と会うと、「これじゃいけない」と頑張る気持ちになれる。

 

榎本博明(えのもと・ひろあき)先生

1955年東京都生まれ。東京大学教育心理学科卒業。大阪大学大学院助教授などを経て現在、MP人間科学研究所代表、産業能率大学兼任講師。『正しさをゴリ押しする人』など著書多数。

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『なぜイヤな記憶は消えないのか』

榎本博明/角川新書)

『「上から目線」の構造』『かかわると面倒くさい人』など鋭い心理分析でベストセラーを生んできた著者の新刊。自分の記憶を自在に操るための方法論。840円+税。

この記事は『毎日が発見』2019年8月号に掲載の情報です。

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