6歳で男になり、女人禁制の鍛冶場で働く娘の運命。助けてくれた「鬼っ子」と呼ばれる男との恋の行く末は?

幼き頃に江戸の大火で両親とはぐれ、吉原で育てられた少女は相手の体の不調を当て、症状に効く食材を見出す――。主人公のつくる愛情こもった薬膳料理の数々はもちろん、「人を救う料理人」を目指す彼女のこまやかな心の動きが染み入ってくる「お江戸やすらぎ飯」シリーズで大きな注目を集めている鷹井伶氏が、『わたしのお殿さま』(KADOKAWA)で新たな主人公を誕生させた。"花には花の意気地というものがありましょうからな"という作中の言葉がしみじみと重ねられる新シリーズのヒロインの名は美禰。紀伊の霊峰を仰ぐ地で、日本刀の祖とされる「天国」を汲む家系に生まれた十六歳の少女だ。

※この記事はダ・ヴィンチWebからの転載です。

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『わたしのお殿さま』(鷹井伶/KADOKAWA)

祖父・月国は、打つ刀には霊力が宿ると言われる当代一の刀匠。だが一子相伝の技を継ぐ息子が死んでしまったため、孫娘の美禰に「峰国」の名を与え、刀匠を継ぐため、男として過ごせと命じた。六歳で"男"となり、女人禁制の鍛冶場に入ってから十年、美禰は「峰国」として祖父の打つ美しい刀に魅せられながら修行に励んでいる。師匠である祖父と、母代わりの大叔母・おつかとの暮らしも心地よく、美禰はみずからの境遇に何の疑問も不満も抱いていない。

 女であることを周りには隠しつつも、男でも女でもなく、自分は自分を生きるのみ、という思いが匂い立つ美禰のキャラクターはまっさらな白麻のよう。だがある夜、獰猛な熊に襲われそうになった美禰を、間一髪のところで救ってくれた人に出会ってから、その人生にほんのりと色がついていく。

彼女を助けたのは、"鬼っ子"と嫌われ、伊勢に流されてきた二代将軍・秀忠の弟・松平忠輝。男子だけで十人もいた徳川家康の六男だ。歴史の表舞台にはあまり出てこない忠輝は、伊達政宗の娘を娶り、越後高田七十五万石の藩主として築城まで成し遂げたが、家康の死後すぐに、秀忠の命により改易となった。けれど庶民からは"鬼っ子さま"と呼ばれ、慕われていたと伝わる。なぜ彼は"鬼っこ"と呼ばれたのか、兄・秀忠から、なぜそれほどまでに嫌われたのか――。謎に満ちた"お殿さま"の人生が、秘密を抱えながらもまっすぐに生きる美禰を通し、物語のなかでひらかれていく。

 たとえば、ほぼ同時代を描いた、家康を支える薬師の女性の物語『家康さまの薬師』もそうだが、鷹井氏は史実のなかに埋もれた"なぜだったんだろう?"を、ていねいに掬い取り、手繰り寄せたその糸を、魅力的な主人公の視線を通して、現代に通じるものも入れながら、美しく大胆な物語へと織りあげていく。"小童""鬼っ子さま"と呼び合いながら、互いを好ましく思う忠輝と「峰国」=美禰の姿からはBLの風味も香り立つ。そして忠輝が美禰の秘密を知るや変化していく関係は、ページを繰る手の止まらない展開を見せていく。さらに家族以外でただひとり、美禰が女であることを知り、ひそかに心を寄せていた幼馴染・櫂との関係性も......。

忠輝の命を狙う人々の暗躍もスリリングだ。秀忠の剣術指南役・柳生宗矩の放つ影が仕掛ける幻術、刀のかち合う音が聞こえてくるような剣戟、さらには幼き日の柳生十兵衛も登場し、そら恐ろしい天の才を見せつける。そんななかお殿さまと鍛冶屋の娘の身分違いの恋もまたスリリングに、そして読む者の心に灯りをともしながら進んでいく。

"あなた様は人をその気にさせてしまう何かをお持ちじゃ""魅了するというのか、目が離せぬというか......それは幸せなようにみえて、不幸なことかもしれませぬ"。作中で月国が指摘するように、歴史上では、"不遇のお殿さま"と呼ばれる忠輝。だがほんとうにそうだったのか? そしてそもそも、幸せの基準とはなんだろう?というところにも、この物語は読者の思考を巡らせていく。"わたしのお殿さま"という、愛らしいタイトルのなかに込められたものが、最後のページを閉じたとき、すとんと落ちてくる。だがまずは運命に抗うふたりの恋をわくわくしながら味わってほしい。

文=河村道子

 

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