日本文化研究の第一人者であり、稀代の読書家として知られる松岡正剛さん。インターネットと書籍の両方で展開している『千夜千冊』シリーズは、単なる書評にとどまらず、本の楽しみ方や読み方、背景にある歴史まで分かりやすく解説してくれることから高い人気があります。その松岡さんに、読書案内をしていただきました。今回のテーマは「女性の生き方」。おすすめの3冊を教えていただきました。
松岡正剛さん
女性の内面の美しさを女性の視点で描いた名著
『近代美人伝(上・下)』
長谷川時雨 著 岩波文庫 (上)700円+税、(下)760円+税
1冊目は、ぜひとも読んでいただきたいこの本。いまではほとんど忘れられている長谷川時雨ですが、実は、文芸誌『女人(にょにん)芸術』を創刊し、林芙美子や平林たい子、吉屋信子、円地(えんち)文子などの女流作家を育てたすごい人。この本は、時雨が『女人芸術』に連載していた女性評伝の傑作選です。
収録されているのは、樋口一葉、柳原白蓮(びゃくれん)、九条武子、平塚らいてう、モルガンお雪、マダム貞奴(さだやっこ)、松井須磨子など18編。見かけだけではない内面の美しさを同じ女性の目で捉え、力になろうとする時雨の文章がとてもいい。日本の女性の精神性を知るとともに、近代史を知るにも、格好の一冊だと思います。
日本女性としての矜持を守り続けた黒い瞳の伯爵夫人
『クーデンホーフ光子の手記』
クーデンホーフ光子 著 シュミット村木眞寿美 編 河出文庫 730円+税
2冊目は、明治時代にハプスブルク家に嫁いだ『クーデンホーフ光子の手記』です。伯爵に見初められ、18歳で異国に嫁ぎ、ウィーンの社交界に飛び込むのはどれほどの決断だったか。しかし彼女は、ヨーロッパの文化と伝統の深さと広さに打ちひしがれながらも、日本人としての矜持を忘れず、32歳で夫に先立たれた後も異国に残り、67歳の生涯を閉じた。「私が死んだら日本の国旗に包んでちょうだい」と言って。
資生堂の元社長・福原義春さんから、資生堂が薬局から化粧品へ進出していくときにモデルにしたのが、光子さんだと聞いたことがあります。日本女性の象徴とも言える彼女の生涯も、読まれるといいですね。
まれにみる自由奔放な女性の自叙伝。元気が出ます。
『生きて行く私』
宇野千代 著 角川文庫 590円+税
最後はガラリと変わって、『生きて行く私』。ご存じ、宇野千代さんの自叙伝です。これほど赤裸々に男性との関係を書きながら、明るくて痛快な本も珍しい。小説家の尾崎士郎と出会った夜に同棲を始め、結婚。若い梶井基次郎(もとじろう)に興味が湧けば"お持ち帰りしたい"なんて考えるから、噂が立って尾崎士郎が離れていく。しかし懲りることはなく、その後は東郷青児の家に取材に行って同棲し、別れた後は10歳年下の北原武夫と結婚する。
いま、奔放な熟女はあまりウケないし、間違いを犯す=悪いことという感覚がある。でも、普段は持たない感情こそ、本を読んでもっと触れた方がいい。自分の世界を広げるために。
取材・文/丸山佳子
松岡正剛(まつおか・せいごう)さん
1944年、京都府生まれ。オブジェマガジン『遊(ゆう)』編集長、東京大学客員教授、帝塚山学院大学教授などを経て、現在、編集工学研究所所長、イシス編集学校校長。2000年にインターネット上でスタートした本の案内「千夜千冊」は、2018年4月現在で、1672冊を突破。『多読術』『日本流』『日本という方法』『にほんとニッポン』など著書多数。
最新刊
『千夜千冊エディション デザイン知』
『千夜千冊エディション 本から本へ』
角川ソフィア文庫 各1,280円+税
松岡さんの書評『千夜千冊』から生まれた新シリーズが2冊同時刊行。『デザイン知』では昭和期の数寄屋大工の棟梁・平田雅哉の『大工一代』、映画衣装デザインなどで活躍した石岡瑛子の『I DESIGN(私デザイン)』など36冊を解説。『本から本へ』では道元の『正法眼蔵』、ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』など24冊を論じています。