6月9日に公開される映画『終わった人』。舘ひろしさん演じる主人公の壮介が定年退職後の生き方に戸惑う姿をコミカルに描いた本作は、公開前から早くも話題となり、大人たちの共感を呼んでいます。多くの人が経験する、人生の大きな転換点。原作者の内館牧子さんに、その時期の過ごし方のヒントを伺ってきました。
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女性たちが、かつての"モーレツ社員"化している!?
――定年後の生き方については、一般的に、男性はコミュニティを作るのが苦手で定年後の居場所をなかなか見つけられない。一方で、女性は横のつながりを作るのが得意だとよく言われます。内館さんはどう思われますか?
内館 小説の感想として思いがけなかったのは、今、女の人たちが男の人に近づいていて、定年退職した後、決して居場所があるってわけでもない、というものでした。だから、女の人にはいろいろなコミュニティがあって、男の人はそれを持てないというのは非常に一面的かもしれません。女の人からも壮介に共感したという、男の人と同じような読者ハガキが届きます。そういう意味では、女の人が今、ちょっと高度経済成長期の"モーレツ社員"みたいになっているところがあると思いますね。
――『終わった人』を書くために、取材はされたんですか?
内館 実は銀行の内情以外は取材していないんですよ。私も会社員をしていたことがあるから、実際に壮介みたいな人をたくさん見ていたし、エリートの男性が「終わった」後の心理は予測がつきましたので、個別の取材はしませんでした。あと私自身、仕事が好きなので、自分が終わったらどうなってしまうんだろうと。その思いは小説に大きく反映されています。
――壮介の葛藤する胸の内がリアルに描かれていますが、内館さんご自身の思いも反映されているんですね。
内館 そうなんです。仕事って人間関係が悪ければ悪いで、うまくいかなければいかないで、非常にスリリングでしょう。通勤ラッシュだとか嫌なことも含め、日々色々なことに対処する中で刺激があるわけで、そこから解放されたら、私自身は2日と持たないと思いますね。仕事ほど面白いことってそんなにないから。私は13年間、企業にいたんですけれど、会社を辞めた直後はやっぱりラッシュの電車が懐かしくなったの。朝早く会社に行く必要がないから、真っ昼間に電車に乗るでしょう。すごい罪悪感なの。なにか会社をサボって、電車で遊びに行くみたいで(笑)。
定年退職して間もない壮介。やることがなくて、仕事帰りの妻を迎えに行き、嫌がられたりして......。
先々を心配して、杖をつく必要はない
――定年に際しての心積もりについては?
内館 小説の中にも書きましたし、映画の中でも感じてくださると思うけれど、現役の間はね、先の心配をして、つまらない杖はつかない方がいいというのが私のスタンスです。コミュニティを作れとか、カルチャースクールに行けとか、妻や娘は勧めるわけですよね。定年退職した夫や父親に家でゴロゴロされても困るから(笑)。でも、そういう「先々を考えて杖をつく」ようなことはね、定年してから始めても間に合いますよ、趣味だってプロになるわけじゃないんだから。それを若いうちから始めると、それで本職が削られていくでしょう。今、仕事に打ち込みたいなら、先々の準備をするよりも、本職に時間を割きたいと思う方が自然だと思うんです。大体、前もって杖をたくさんついたってね、生身の人間ですから、いつ何が起きるかわからない(笑)。
――今は定年に備えて、前もって準備しておこうという風潮がありますからね。
内館 私の座右の銘は「人生出たとこ勝負」なんです。だから、エンディングノートも終活も断捨離も一切やらない。どうも性に合わないんです。それで突然、のたれ死んだとしても、その時、私はこの世にいないわけだから、悪いけれど、そういうことは生きている人たちにお任せしますと(笑)。例えば、私が大事にしているものも、どうぞ好きにしてねと弟たちには言ってあります。もめるほど遺産もないし(笑)。
――そういう考えに至ったきっかけはあるんですか?
内館 原点は作家の上坂冬子(かみさか・ふゆこ)さんなんです。上坂先生にかわいがっていただいて、まだ私が40代の時に、上坂先生が60代ぐらいかな。あるとき、突然おっしゃったんですよ。「あんたねえ、先々のことなんか考えるんじゃないわよ」って。「人なんてね、いつ死ぬかわからないんだから。そんな先々のこと考えて杖なんてつく必要ないの。(今が)もったいない」って。あ、すごい!って思ってね。60代になる少し前から「人生、出たとこ勝負」と「先々のことは考えない」はダブルで座右の銘になっていますね(笑)。
思いがけないところから再就職のチャンスが舞い込む。
彼に声をかけた若きIT会社の社長・鈴木役に今井翼(右から3人目)。
答えは、簡単には見つからないけれど......
――壮介は物語の中で徹底的にあがきますよね。それは、あがいてみなさいってことなんですか?
内館 いや、私があがくだろうと思ったから。まったく仕事がなくなったら、事務所もいらないし、自宅にいても書くことがないでしょう。じゃあ、カルチャーセンターに......という気にもならないと思ったんです。想像しただけでも、壮介みたいなサラリーマンがあがくのは当たり前ですよね。だから、あがかせたんです。悪あがきですよね。
――定年が60歳の人も多いですが、60代ってまだ若いんですよね。
内館 すごく若いですよ。でも、やっぱり適当なところで終わらないと、次が控えているから(笑)。だから、壮介には雇用延長させなかったんです。現実に65歳まで残っていた人を見ると、多くの場合は第一線でやっていた人が閑職に追いやられたり、とんでもない部署に異動させられたりして、その人としては飼い殺されている気分ですよね。給料が半分になっても行くところはあるわけだけど、壮介のプライドが許しませんから。壮介も終わったら終わったでなんとか過ごせると思っていたんだけど、そうはいかなかった(笑)。
故郷の仲間たちと再会し、元気を取り戻す場面。「男の人たちは故郷に帰りたがるというのも描きたかったこと。第一線で仕事している時も、心は故郷を向いている男性は多いです」と内館さん。
――「散り際千金」という言葉が原作に出てきますが、引くというのは難しいことですね。
内館 ただ、ずっとしがみついて引かないでいると、イタイって思われちゃう。誰かが退職する時、皆が拍手で見送るでしょう。「また遊びに来てください」とか言って。でも、実際に遊びに来られると、「本当に来ちゃった。忙しいのに、お茶いれなきゃ......」ってなるのよね。私は実体験しています(笑)。だから、どこかでカッコつけきゃいけないわけですよね。
――そんな色々な思いを、映画は笑いの中でやわらかに描いています。
内館 本当にね。舘さんなんて、かっこよすぎるんじゃないかと思ったけれど、ゴージャスな舘さんが壮介をやってくださってよかったですね。エンドロールの今井美樹さんの歌も素敵でしょう。布袋(寅泰)さんの歌詞も素敵でね。そして、何より根本ノンジさんのシナリオがね、あれだけの長い小説をよく2時間にまとめてくださったなと思います。原作者だと思い入れが強すぎて、全部を入れたくなって、原作を薄めたダイジェストみたいになってしまうと思ったから、脚本は書かないと最初から決めていたんです。ラストシーンも映画ならではの舞台設定になっていて、原作にはない素敵な夫婦のシーンも加わっているので、ぜひ小説との違いを見ながら、劇場で楽しんでいただきたいですね。
取材・文/多賀谷浩子
内館牧子(うちだて・まきこ)さん
1948年生まれ、秋田県出身。会社員を経て、88年に脚本家デビューし、『想い出にかわるまで』(90/TBS)や『都合のいい女』(93/フジテレビ)など、独特のリアルな視点から数々のヒット・ドラマを生み出す。NHK連続テレビ小説「ひらり」(92)や大河ドラマ「毛利元就」(97)も話題に。脚本以外でも95年に日本作詩大賞を受賞。著書は70冊を超え、武蔵野美術大学客員教授、ノースアジア大学客員教授、東北大学相撲部総監督と幅広く活躍している。『終わった人』
6月9日(土)全国公開
原作:内館牧子『終わった人』(講談社文庫)
監督:中田秀夫
出演:舘ひろし、黒木瞳、広末涼子、臼田あさ美、今井翼、田口トモロヲ、笹野高史 他
2018年 日本 125分