40代以降の人たちの中には『想い出にかわるまで』(注1)や『週末婚』(注2)など、内館牧子さん脚本のリアルでセンセーショナルなドラマに夢中になった人も多いのではないでしょうか。そんな内館さんの小説『終わった人』が映画化され、話題になっています。主人公は定年後の生き方に戸惑う東大卒のエリート男性。誰にとっても他人事ではない物語の中で、内館さんが主人公に込めた思いとは――? たっぷりお話を伺いました。
中田監督らしいコミカルな作品
――『終わった人』は、主人公・田代壮介が、定年退職後に自分の居場所を見つけられず、新たな生きがいを求めて奮闘する物語です。映画をご覧になっていかがでしたか?
内館 原作はシリアスでしょう。読者ハガキにも「痛い」とか「自分もこの先、こうなると思うとツライ」とか、そういうご意見が多いんです(笑)。それが映画では中田秀夫監督が大人のコメディに仕立てていますよね。映画を観た男の人たちから「かっこいい舘さんがコミカルに演じていて救われたし、先の人生に希望を持つことができた」ってすごく言われます。
――内館さんもカメオ出演していらっしゃいます。
内館 そうなんです。その頃、大々的に骨折していたので、プロデューサーと監督に「座り芝居にしてください」とリクエストさせてもらいました。エラそうよね(笑)。原作にBARが出てくるから、BARのシーンかなと思ったら、仰天のシーンでしたね(観てのお楽しみなので、ここでは伏せます)。「たしかに、座り芝居だわ」って大笑いでした。
――撮影現場はいかがでしたか?
内館 中田監督のお人柄が出て、和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気でした。菅登未男(すが・とみお)さんという俳優さんがいらっしゃるでしょう。映画の中で、私の横で居眠りする老人役をされていた。あの方があまりにも巧くて、びっくりしました。70歳でデビューされて、それまで会社員だったんですって。「終わった人」になってから、俳優の道に入った。すごいですね。
――主人公・壮介を演じた舘ひろしさんとは内館さんが原作を書かれた映画『義務と演技』(97)でも組んでいらっしゃいます。
内館 そうなんです。今回、よくこんな普通のオヤジ役を引き受けてくださったなと思いますね。それで妻が黒木瞳さんでしょう。彼女も私の書いた作品に何度も出てくださっていて、好きな女優さんなんです。他にも田口トモロヲさんや笹野高史さん、ほんのちょっと出てくる夫婦役を温水(ぬくみず)洋一さんと清水ミチコさんがやってくださったりして、あのご夫婦サイコーでしたけれど(笑)、贅沢なキャスティングですよね。原作者からしたら、本当にありがたいですね。
定年退職の日を迎え、花束を手に会社を後にした主人公・壮介
主人公・壮介の誕生秘話
――主人公の壮介は東大法学部卒で、銀行の中でもずっと本店勤務で来たエリートです。女性にも、それなりにモテてきた感じ。どんな男性をイメージして書かれたんですか?
内館 若い時は結構遊んで、その後もそれなりにそういうところがあるんだけど、やっぱりいちばん好きなことは仕事だっていう人ですね。ヒヤヒヤしたり、追い詰められたり......大変なことも含めて、すごく仕事が好きだという。そうやって第一線を走ってきた人が定年退職した途端、居場所を失い、社会は普通の老人として扱うわけです。だから、そんなエリートの落差を出したかったんです。
――現役時代との落差が大きい方が、今回の「終わった人」というテーマを描くのによかったということですね。「定年って生前葬だな......」という小説の書き出しが衝撃的でした。
内館 そうそう(笑)。エリートコースを歩んできた人ほど、定年になった途端にハシゴを外されて、急に突き落とされるわけだから。あとは、フリーランスの人をひとり出したかったんです。「フリーは定年がないから、いいよな」なんてクラス会に行くと言われるけれど、むしろフリーには20代や30代で終わる厳しさもありますよね。シナリオライターだとあまりに自分に近いから、イラストレーターにして、田口トモロヲさんが演じてくださっています。
スポーツクラブに入会したり、カルチャースクールに出かけてみたり......新しい出会いを経験する壮介に恋のチャンスが!? 相手役は広末涼子
――壮介のディテールは、どう決まっていったんですか?
内館 ずっとエリートで走り続けて、定年になった時に"軟着陸"できなかった人にしようと。あと、定年退職した後に、潰しの利く仕事にはしたくなかったんです。同じ銀行でも、海外勤務を経験して外国語がペラペラだったり、公認会計士の資格をとったりする人もいるんですよ。多くの銀行員に取材したのですが、中枢を行くエリート中のエリートは本店から出ないから、そういう付加的な技術は身につきにくいと聞いて、これはちょうどいいと(笑)。「特技のない東大卒ほど始末に負えないもの、ないよね」って物語の中で奥さんに言わせました(笑)。
――奥さんの千草と娘の道子が、気持ちいいぐらい壮介にはっきりとものを言います。
内館 書いていても、やっぱり気持ちよかった(笑)。小説を読んでくださったお父さんたちから、道子みたいな娘が欲しいっていう声をたくさんいただきました。「底辺に愛情があって、父親をみじめな目に遭わせたくないという思いがすごくある」って。
――道子は専業主婦である今の生活に満足している女性。言うことが的確で、すごく大人です。
内館 さんざん遊んできた子なんですよ。イメージとしては小学校から大学まで都内の名門お嬢さん学校に通ったんだけど、若い頃にさんざん遊んだから、今はすっかり落ち着いて、若いけれど、もう軟着陸しているのね。読者の皆さんは道子の言葉も、また、退職してから愚痴ばかりの壮介に対する千草の言葉も、本当に丁寧に読んでくださるんです。映画の中の黒木さんや臼田あさ美さん(道子役)にも、きっと共感してくださると思いますね。
長年連れ添った壮介と千草。夫の定年後に、まさかの出来事が......!
普通の人たちを描きたい
――今回の小説『終わった人』もそうですが、内館さんの描く物語は、90年代に放送されていた数々のTVドラマを振り返っても、キレイ事抜きで、徹底的にリアルです。
内館 本当よね(笑)。私はシナリオを書く前、13年間、三菱重工にいたんです。昼休みに私用で外出するだけで、上司のハンコが6つも必要なの(笑)。そういうところで働く一般女子社員を体験すると、普通の人たちがいちばんドラマチックだとわかります。ちょうどドラマを書き始めた頃はトレンディ・ドラマ全盛の時代だったけれど、例えばカメラマンとスタイリストの恋なんて、普通の人から見たら、どうでもいいでしょう(笑)。
――たしかに、どのドラマも華やかな職業ではなく、ごく普通に生きている人たちが描かれています。
内館 あるドラマで、主人公の女性が恋人にさんざん振り回される話を書いたんです。彼には他にも女性がいて、どんでん返しを繰り返した末に、最終回でやっと主人公は恋人と結婚できた。めでたしめでたしと終わった直後に、私はその恋人が昔からの女性とベッドにいるシーンをインサートしたんです。そうしたら、テレビ局の上層部の人たちが「なんだこれは! ここまで引っ張って、やっとハッピーエンドになったのに!」って。でも、プロデューサーとディレクターと私が「現実はこんなもんです」って押し切りました(笑)。これまで書いたドラマに登場するのは皆、普通のサラリーマンやサラリーウーマン。今回の壮介もエリートではあるけれど、普通の人ですよね。「『終わった人』には自分のことが書いてあるようだ」という感想を本当にたくさんの方からいただきました。
注1:『想い出にかわるまで』1990年にTBS系で放送された連続ドラマ。出演は今井美樹、石田純一、松下由樹ほか。姉の婚約者を妹が奪ってしまうストーリーが衝撃的。
注2:『週末婚』1999年にTBS系で放送された連続ドラマ。出演は永作博美、松下由樹、阿部寛、沢村一樹ほか。週末だけ同居する新しい結婚のスタイルと、姉妹の激しい確執が話題に。
次の記事「内館牧子インタビュー(2)エンディングノートは要らないんです」はこちら。
取材・文/多賀谷浩子
内館牧子(うちだて・まきこ)さん
1948年生まれ、秋田県出身。会社員を経て、88年に脚本家デビューし、『想い出にかわるまで』(90/TBS)や『都合のいい女』(93/フジテレビ)など、独特のリアルな視点から数々のヒット・ドラマを生み出す。NHK連続テレビ小説「ひらり」(92)や大河ドラマ「毛利元就」(97)も話題に。脚本以外でも95年に日本作詩大賞を受賞。著書は70冊を超え、武蔵野美術大学客員教授、ノースアジア大学客員教授、東北大学相撲部総監督と幅広く活躍している。『終わった人』
6月9日(土)全国公開
原作:内館牧子『終わった人』(講談社文庫)
監督:中田秀夫
出演:舘ひろし、黒木瞳、広末涼子、臼田あさ美、今井翼、田口トモロヲ、笹野高史 他
2018年 日本 125分