八代亜紀としてデビューしてから47年目。ずっと第一線で輝き、演歌の女王というイメージに留まらず、本格ジャズアルバム『夜のつづき』を発表するなど、ますます活躍の場を広げています。そんな八代亜紀さんに、歌手をめざした原点、その美しさの秘密を4回に渡ってお届けします。
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私、幸せホルモンがいっぱいあるみたい
――いまでもお美しいですね。
八代 私はね、イライラしない、怒こらないの。幸せホルモンがいっぱいあるみたいで。幸せだと笑顔だけど、悪いことしていると顔に相がでるっていうのは、確かにって思いますよね。私が両親から教えられたのは、「人は平等。えこひいきしたり、見下げたり、うらやましく思ってはいけない」って育てられて、それが当たり前だと思っていたけど、でも、世の中ってそれだけじゃない。つらいこともいっぱいありますよね。
――過去にだまされた経験もあるそうですね。
八代 ええ、だまされたことは、あります(笑)。みんないい人だと思っちゃうから。当時のマネージャーが荷物を持ってくれてる姿をみて「いい人だ」って思うじゃない。そしたら、そのままお金もってどこかにいっちゃった。
――やはり......波瀾万丈ですよ。
八代 いえ、波瀾万丈かどうかっていうのは、その人が終わる時しか分からないと思うの。現在をがんばって、楽しく生きることが大事。そして、天に命を返す時に「波瀾万丈な人生だった」っていうのは、人が言うことだと思うの。私は、いま幸せだから。
――確かに。八代さんは、いまも道を切り開いていらっしゃる。
八代 ジャズを広げた自負はあります。5年前に、コンサートした時の何千人の観客の皆さんは、私が「ジャズを歌いますね」って言うと「ジャズ!?」という感じだったんですよ。いまではイントロが始まると、うわーーって拍手が起きる。みんな楽しんで、おばあちゃんたちも、指パッチンしながらノッてくれてますから!
――今回のジャズアルバム『夜のつづき』は、踊れるし、管楽器など大編成のビッグバンドで聴かせる「カモナ・マイ・ハウス」もゴージャズでした。
八代 ビッグバンドって最近なかなか聴けないですからね。バンドのメンバーがそろって、ボーンと音を出す時には、ボーカルは完璧な状態でいなければならない。それは銀座時代から鍛えられてやってきていることです。いろんな曲があって、覚えるのは大変。だから、毎日勉強! いまは、若者と歌うことも、ジャンル違いの歌を歌うこともある。「ヒット曲だけ歌っていればいい」なんて言ってられないの。うふふ。
――最後の曲「夜が明けたら」も、解釈さまざまでしょうが、先のことはわからなくても、切り開いていく感じがある。片道切符で知らない土地に行くのも、悲壮感なく、新たな希望があるような。
八代 そう。私、その感じで歌ったの! ホントはやさぐれて「この街にはいたくない、よその街にいくわよ。さよならね」って歌なんだけど、八代の歌い方はそうじゃないの。「この街も良かったよ。でもまた、どこか新しい街に行って、いい人がいるかもしれないよ♡」っていう夢のあるスタンスなの(笑)。行くね! って。
――前向きの発想、すてきです!
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構成・取材・文/古城久美子 写真/山本佳代子
八代亜紀(やしろ・あき)
1950年、熊本県八代市出身。1971年デビュー。「なみだ恋」「舟唄」「雨の慕情」などが大ヒット。2012年、初の本格ジャズアルバム『夜のアルバム』を発表し、世界的なヒットを記録した。画家としても活躍中。
『夜のつづき』
UNIVERSAL JAZZ / ¥3,000+税
本格ジャズアルバム第2弾。ジャズスタンダード「帰ってくれたら嬉しいわ」をはじめ、歌謡曲「黒い花びら」「涙の太陽」などのジャズアレンジ他。11/13(月)ブルーノート東京、12/25(月)ビルボードライブ大阪、18年1/17(水)名古屋ブルーノートでライブ。