日本食は、世界に誇るヘルシーフードといわれています。それに対して、肉を中心にした欧米型の食事は健康に悪いというイメージを持つ人が多いのではないでしょうか。
ところが、そのイメージに反する調査結果が今年5月、発表されました。国立国際医療研究センター等の研究チームが、「欧米型の食事でも死亡リスクが下がる傾向がみられた」というのです。男女約8万人を平均15年間追跡調査しました。これだけの大規模な調査で、欧米型の食生活で死亡リスクが下がると出たのは、初めてのことです。
この研究では、食事の内容を健康型、伝統型、欧米型の三つのパターンに分けて、それぞれの死亡リスクについて調べています。健康型の食事というのは、野菜、果物、イモ類、大豆製品、きのこ類、魚、緑茶など。伝統型の食事というのは、ごはんやみそ汁、つけもの、魚介類など。欧米型の食事というのは、肉、パン、乳製品、果物のジュース、コーヒーなど。
このなかで、最も死亡リスクが低かったのは、健康型の食事の傾向が高い人たちでした。しかし、欧米型の食事の傾向が高い人たちも、健康型に次いで死亡リスクが低いという結果になったのです。
具体的には、健康型の食事の傾向が高い人たちは、心臓病の死亡リスクが25%低いという結果が出ましたが、欧米型の食事の傾向が高い人も12%低くなっていました。脳血管疾患による死亡リスクも、健康型の食事の傾向が高い人たちは37%低くなり、欧米型の食事の傾向が高い人たちも12%下がっていたのです。 一方、伝統型の食事パターンでは死亡リスクを下げていないことが分かりました。これも「日本食は健康にいい」と思っている人たちには、意外な結果だったかもしれません。
塩分の少なさと、たんぱく質の多さがカギ
欧米型の食事がなぜ、伝統型の食事よりも死亡リスクを下げたのでしょうか。その理由はいくつか推測できます。
一つ目は、欧米型の食事は、伝統型の食事より塩分が少ないこと。塩分は高血圧の原因になり、脳や心臓などの血管に負担をかけて重大な病気を起こします。二つ目は、欧米型の食事はたんぱく質が豊富なことです。ヨーグルトやチーズなど乳製品や肉類には、良質なたんぱく質が含まれています。
肥満については関心が高く、生活習慣病を防ぐためにダイエットしている人も多いでしょう。しかし、その一方で、たんぱく質が不足し、栄養失調になる人も多いのです。特に高齢者のたんぱく質不足は要注意です。たんぱく質が足りないために、筋肉や骨がやせ、ちょっと動くだけでもつらくなっていきます。すると、運動機能は衰え、心臓や肺の機能も低下し、「フレイル」(虚弱)と呼ばれる状態に陥っていきます。
これを防ぐには、高齢になってもときどき肉を食べ、たんぱく質を摂った方がいいのです。 ぼくは40年以上前から、長野県で健康づくり運動をしてきました。食生活の改善に取り組むとき、合言葉のように言っていたのは「ま・ご・は・や・さ・し・い」です。「ま」は豆、「ご」はゴマ、「は」は発酵食品、「や」は野菜、「さ」は魚、「し」はシイタケなどのきのこ類、「い」はイモ類。この食生活が、長野県を平均寿命日本一にしたのではないかと思っています。
しかし、これで完璧ということはありません。「まごはやさしい」という食生活に、欧米型の食事のいい点に注目して、ほどほどの肉と乳製品を取り入れていくことが大切です。健康の「常識」は、研究の進展や社会情勢の変化によっても変わっていきます。5年10年前に「常識」と考えられていたことが、「非常識」になることも少なくありません。
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鎌田 實(かまた・みのる)さん
1948 年生まれ。医師、作家、東京医科歯科大学臨床教授。チェルノブイリ、イラクへの医療支援、東日本大震災被災地支援などに取り組んでいる。近著に『遊行(ゆぎょう)を生きる』(清流出版)、『検査なんか嫌いだ』(集英社)、『カマタノコトバ』(悟空出版)、『「わがまま」のつながり方』(中央法規)。