「50代は十分若いわ。やりたいと思ったらやりなさい」。ターシャ・テューダーにそう言われ、アメリカのバーモント州を舞台に「夢」を追い続ける写真家、リチャード・W・ブラウン。ターシャの生き方に憧れ、彼女の暮らしを約10年間撮影し続けた彼の感性と、現在75歳になる彼の生き方は、きっと私たちの人生にも一石を投じてくれるはずです。彼の著書『ターシャ・テューダーが愛した写真家 バーモントの片隅に暮らす』(KADOKAWA)より、彼の独特な生活の様子を、美しい写真とともに12日間連続でご紹介します。
秋のシラカバ林。
秋
バーモントは、紅葉の秋がいちばん有名だ。
実際、本当に美しい。
紅葉が始まると同時に、地面や川面から立ち上る水蒸気がかすみとなってあたりに漂う。
この幻想的な風景にはノスタルジックな気持ちになる。
そう、「ああ、この時期がきた!」という思いが湧き起こるのだ。
それまで撮影が忙しく、ちょっと疲れていたり、逆に撮影したいものが見つからず、力が抜けていたりしても、この紅葉風景を目の当たりにすると、放っておけなくなる。
再びエンジンがかかる、という感じだ。
毎年、紅葉が始まった頃には、今年は例年のようにきれいじゃないなあ、今年は最高の年にはなりそうにないなあ、と思うのだが、2、3週間もすると息をのむほど美しい日が数日、必ずある。
それを見ると、なんて豪華なんだろう、バーモントの紅葉は世界一だ、と、とても誇らしい気持ちになる。
朝日に輝くメープルの木とヒツジ。
朝方冷えるようになるので、起きると地面に霜が降りていて、落ち葉が銀色に輝いている。
これにも感動する。
バーモントに移り住んだ当初、秋になり、薪を燃やすにおいと、熟した厩肥のにおいが漂い始め、地面に霜が厚く降り、カエデが燃え始めると、ぼくは、もしや写真家の天国にいるのでは?と思うほど、喜びに心浮き立ったものだ。
しかし昼間はまた、夏のように気温が上がるので、夜の間、寒さで麻痺していたコオロギがあちこちで鳴きだす。
この時期、春に南から渡ってきたオオカバマダラの南への渡りが始まる。
オオカバマダラはトウワタの上に産卵し、トウワタを餌にして成虫になるが、そのトウワタが霜でやられ、なくなってしまうからだ。
夏の間に何世代かの世代交代があり、この時期に成虫になった世代がメキシコをめざす。
そこで越冬し、春にまた戻ってくるのだ。
チョウがそんな長距離を飛べること自体、信じがたいが、実際、この渡りは毎年繰り返される。
秋になると、シカがふだんより頻繁に現れるようになる。
家の前の果樹園に、地面に落ちたリンゴを食べに来るのだ。
毎朝、霜の上に、木から離れていく足跡が残っている。
ぼくは別に構わないので、彼らは好きなだけ食べていく。
秋の風景でぼくが大好きなのが、カナダガンの飛ぶ姿だ。
昔から変わらない秋の光景のひとつで、とても懐かしい気持ちになる。
カナダガンは、ウルシやある種のツタの葉が赤く紅葉する頃、頭上に現れる。
夕方、家で夕食の用意をしているとき、あるいは冬に備えて外で薪割りをしているとき、ガンの鳴き声が聞こえてくると、ぼくは思わず外に飛び出し、あるいは薪割りの手を止めて、ガンたちがあの独特のV字編隊で飛んで行くのを見送る。
彼らは、バーモント州とニューハンプシャー州の州境を流れるコネティカット川に沿って、マサチューセッツ州、コネティカット州を経て大西洋へ抜けていく。
この時期の自然現象でもうひとつ、ぼくのお気に入りがある。
ウーリーベア・キャタピラーと呼ばれるかわいい毛虫だ。
毛虫がかわいいというのも変だが、実際、かわいい。
そんなに大きくなく、ふわふわの毛に覆われた体をくねくね動かして歩く姿が愛らしい。
お尻と頭の部分は毛が黒いが、体の中央部分はきれいな赤褐色をしている。
この赤褐色の部分がどのくらいの割合かで、その冬の厳しさを占うという習慣が、ニューイングランドにはある。
例えば、全身、ほとんど黒い年は冬が厳しく、赤褐色の部分が多い年はそれほど寒くならない、というのだ。
もちろん他愛もない遊びで、毛虫の方は、人間は何を考えているのやら、と思っているに違いないと思うとおかしい。
放置され、不服顔のハロウィーンのカボチャ。
ターシャ・テューダーとのエピソードやバーモント州の自然の中で暮らす様子が、数々の美しい写真とともに4章にわたって紹介されています