がん告知から生きぬく決心をするまでに、私を支えてくれたもの/なないお

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今から約1年半前に、乳がんの中でも少ない小葉ガン、ステージⅡB、2センチと1センチのしこりに加え、脇のリンパ節に1センチの転移が見つかりました。

前回の記事:乳がん宣告に泣き崩れたあの日。シングルマザーで子ども2人を抱えながら/なないお

乳がんであると告知されてから、私の気持ちは激しく動揺したままでした。

これからどうなるのか、もしもの時に子供たちはどうすればいいのか、治療をするにしても仕事や生活はどうなるのだろう。私はいつまで生きられるのか。子供になんと話せばよいのだろう。

すべてが不安と恐怖でいっぱいでした。

それでも子供たちの待つ家に帰らなければなりません。ご飯を食べさせ学校に行かせ日常生活を送らなければならないのです。

子供の前では悟られないよういつものように過ごしていました。特に当時8歳の息子はとても不安が強く眠れなくなってしまう子でしたので、余計な心配をかけるわけにはいきません。

しかし夜になり子供たちが寝静まると一気に抑えていた不安が噴出します。

ネットで同じ病気の人の体験談を読み漁り、更新が途絶えているのを見ると絶望的な恐怖に襲われました。

このまま毎日を過ごしていると、体が病に蝕まれる前に心が壊れてしまいそう。

ひとりで抱えてはいけない。

そう感じた私は、SNSで仲良くしていただいている方々に話して今の不安な気持ちを聞いてもらいました。元夫も何度も泣き言を聞いてくれました。

その中のおひとりに教えていただいたアドバイスが「祈ること」でした。語弊のないよう言っておくと、何かの宗教に勧誘されたわけではなく、ただ自分の中にいる神の存在と対話することを勧められたのでした。

なにやら胡散臭い話のようですが、当時の私はこれを続けることで救われたのです。祈っていると、自然と心が落ち着きました。そしてあるとき自分が生きるという確信を得たのです。強い自己暗示のようなものだと思います。

(自分自身の心のより所として、祈ることは現在も続けていますが、団体に属したりお布施をするようなことではありません。元々私自身はカルト的なものや代替医療に対してあまり肯定的ではありません。)

がんの告知から一ヶ月、ようやく前向きに病気と闘っていく覚悟が出来ました。どうなるか未来のことはわからないけども、私には生きたいという強い意志がある。

なにがなんでも生きて、大人になった子供たちに会いたい。

私の子供たちは発達障害の診断を持っています。しかし知的障害や他の精神障害などをもっていないので、現状では障害者手帳や年金などの対象ではありません。

環境さえ整った中で育てば、社会に出て自立できる可能性も多いにあります。

親がいなくなった後にも子供たちが生きていけるよう、子供たちの成長をどうしても見届けたいのです。

ちょうど精密な検査も進み、がんのタイプや進行度もおよそわかってきて治療方針も決まっていました。

術前の抗がん剤を半年、その後手術、放射線治療、ホルモン治療と進んでいくことになりました。

いよいよ、子供たちに話すときが来ました。まだ幼い子供たちに話すかどうかはそれぞれのご家庭での考えがあると思いますが、わが家の場合は子供たちの性質も考えた上で治療が始まる前にどうしても話しておきたかったのです。

周りの方々の応援が、前向きに生きる覚悟をくれ、私の背中を押してくれました。

次回へ続く

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医療監修:すわやまクリニック 田島厳吾 院長

なないお

アラフィフの乳がんサバイバーです。発達障害児をふたり育てるシングルマザー。アスペルガー症候群・ADHDの娘は12歳、自閉症スペクトラムの息子は10歳。心臓病の私の父親(76歳)も同居。パート勤務、ブログなど文章を書いて暮らしています。

ブログ:うちの子流〜発達障害と生きる

※ 毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

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