他人との比較をやめれば、不要なストレスは抑えられる。ストレスと老化の興味深い関係

不要な老化を防ぐには

そもそもストレスとは何でしょう。

実はこれも、とても難しい問いです。なぜなら同じようなプレッシャーを受けても、その受け止め方には個人差が作用します。つまり、プレッシャーをストレスと感じる人がいる一方で、自分にとっての成長の機会と捉える人もいる。その人次第なのです。

先日見かけたYouTubeのプログラムでは、サッカーの元日本代表選手、本田圭佑さんが、次のような話をしていました。

「勝てるはずの試合で負けたりすると、大ブーイングに遭うじゃないですか。そんなとき、俺はダメだったと落ち込んだりしない。むしろ負けたという事実は、さらに上にステップアップするためのチャンスじゃないか、と考えるんです」

一般的には「つらい」とされる出来事に遭遇しても、それをどう解釈するかは千差万別でいい。白か黒か、ではなく、その間のグレーゾーンは無限なのだ――本田さんの言葉は、そのような根本的なことを思い出させてくれます。

現代のSNS社会は、二者択一に陥りがちです。わかりやすいリアクションが求められるからです。ですが、落ち着いて考えてみれば、他人の評価によるストレスで自分の老化が進んでしまうのはつまらないことです。

「他人と自分を比較しない」

他人は他人の遺伝子、自分は自分の遺伝子を大事にすればいい。そう一線を画すことで、不要なストレス(= 不要な老化)は抑えられる。そう考え、他人と大いに交わりながらも、1人ひとりがマイペースで生きていく。そのような姿勢も、老化抑止につながります。

ストレスのホルミシス効果

朗報もあります。一定レベルのストレスには、細胞を生まれ変わらせるプラスの働きがあります。これは「ホルミシス(hormesis)」と呼ばれる現象で、有害性物質が微量に作用することで、有益性がもたらされる効果のことです。一定のカロリー制限や、運動もこれに当たります。

ストレスと寿命の関係については、線虫を使った研究でも興味深い結果が報告されています。線虫の子どもにストレスを与えると、明らかに寿命が延びるのです(*4)。これはストレスにより、エピジェネティックな変化が生じた結果と考えられています。線虫は生後早期に飢餓、無酸素、浸透圧などの環境ストレスにさらされると、「耐性幼虫(Dauer larva)」と呼ばれる状態に移行してストレスが去るまでジッと待ちます。耐性幼虫を経た線虫は、ストレスを記憶して遺伝子発現が変化する。それによって繁殖能力が低下する代わりに、寿命が延伸するのです。成体初期でも、温度を20℃から25℃に1日シフトするだけでもストレス抵抗性が改善されて寿命が延伸するから不思議です。こういった実験と検証はヒトでは容易ではありません。ですがこれらを踏まえれば、子どもの頃に適度なストレスを受ければ、エピジェネティックな変化により身体機能を高めて長生きできる可能性が考えられます。

実際に、マウスを使った実験では、幼少期の運動によって長期記憶が促進されることも示されました(*5)。記憶に重要な「海馬」と呼ばれる大脳辺縁系の一部において、「プライミング効果」と呼ばれる経験が認知に影響を及ぼす現象が観察されています。同じくマウスを使った実験では、若いときの筋トレが長期的に筋肉で記憶され、高齢になったときの筋トレ効果を促進することが明らかになっています。

*3 https:/ /www.hsph.harvard.edu/news/press-releases/health-and-happiness-center/
*4 Lopez-Otin C, Blasco MA, Partridge L, Serrano M, Kroemer G. Hallmarks of aging: An expanding universe. Cell. 2023 Jan 19:186(2):243-278.

Padilla PA, Ladage ML. Suspended animation, diapause and quiescence: arresting the cell cycle in C. elegans. Cell Cycle. 2012 May 1;11(9):1672-9.

Burton NO, Furuta T, Webster AK, Kaplan RE, Baugh LR, Arur S, Horvitz HR. Insulin-like signalling to the maternal germline controls progeny response to osmotic stress. Nat Cell Biol. 2017 Mar;19(3):252-257. Cassada RC, Russell RL. The dauerlarva, a post-embryonic developmental variant of the nematode Caenorhabditis elegans. Dev Biol. 1975 Oct;46(2) :326-42.

Jiang WI, De Belly H, Wang B, Wong A, Kim M, Oh F, DeGeorge J. Huang X, Guang S, Weiner OD, Ma DK. Early-life stress triggers long-lasting organismal resilience and longevity via tetraspanin. Sci Adv. 2024 Jan 26;10(4) :eadj3880.
*5 Raus AM, Fuller TD, Nelson NE, Valientes DA, Bayat A, Ivy AS. Early-life exercise primes the murine neural epigenome to facilitate gene expression and hippocampal memory consolidation. Commun Biol. 2023 Jan 7;6(1):18.

 

早野元詞

慶應義塾大学医学部整形外科学教室特任講師。生命科学博士。 専門は老化、エピジェネティクス。環境やストレスに応じた遺伝子発現パターンと細胞のアイデンティティを決定する後天的な老化制御に興味を持っており、化合物、ゲノム編集、デバイスによる老化の定量とコントロールを目指している。2005年よりDNA複製タイミングの制御因子の単離と解析に従事し、2011年に東京大学大学院新領域創成科学研究科博士を取得。2011年から2013年まで東京都医学総合研究所ポスドクとして研究に従事。2013年より米ハーバード大学医科大学院のデビット・A・シンクレアのラボへ留学。2014年よりHuman Frontier Science Program (HFSP) long-term fellowおよび日本学術振興会海外特別研究員。シンクレア研究室にて新規老化モデルICEマウスを構築。2017年より慶應義塾大学医学部、特任講師。

※本記事は早野元詞著の書籍『エイジング革命 250歳まで人が生きる日』(朝日新聞出版)から一部抜粋・編集しました。
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