血液の入れ替えで老ネズミが若返る!? 人間の「若返りの薬」開発も夢じゃない、最新のエイジング研究

エイジング研究の最前線

一連のエイジング研究が盛んになりだしたのは、ざっと20年ほど前からです。わずかここ10年、20年の間にも、注目すべき研究成果が数多く生まれています。主なものは次の通りです。

・カロリー制限によって寿命が延びる。
・長寿遺伝子といわれるサーチュイン遺伝子を活性化すれば寿命が延びる。
・糖尿病の薬メトホルミン、他にもラパマイシンと呼ばれる化合物を服用すれば寿命が延びる。

たとえばサプリメント「NMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド、ビタミンB3の中に含まれる成分の1つ)」は、このサーチュイン遺伝子を活性化するとされています。ただし、この段階では誰もまだ、老化を疾患とは考えていませんでした。ですからNMNにしてもラパマイシンにしても、あくまでもアンチエイジングの手法の1つだったのです。

ところが2005年頃から、新しい研究成果が出てきました。「パラバイオーシス(Parabiosis)」と呼ばれる、血液交換術です。若いマウスの血液を、年寄りのマウスに注入すると、年寄りマウスが若返って身体機能が改善された――まるでドラキュラみたいな話が、科学的に証明されたのです(*10)

要するに、若返りです。

これは、老化に抵抗するアンチエイジングとは異なる方向性であり、目指す結果が違います。老化しないようにするのではなく、老化を治療して若返るのです。50歳の男性が、若返りの治療を受けて、30歳になる。そんな世界です。

また、若返るだけでなく年寄りの血液が入ったマウスが老化してしまったことから、血液に含まれている成分によって老化がコントロールできるのではないか、という概念が生まれて一気に研究に弾みがつきました。老化は治療できる、ならば、どうすればいいか。そう考える研究者が増えてきたのです。

続いて2016年に出てきた研究成果も驚きでした。

スペイン人の研究者イズピスア・ベルモンテ教授が、「山中4因子(Oct3/4、Sox2、Klf4、C-Myc/別名:iPS細胞〈人工多能性幹細胞〉)」を用いた細胞のリプログラミングによって、マウスの寿命を延ばすことに成功します(*11)。山中4因子とは、ノーベル生理学・医学賞を受賞した、京都大学の山中伸弥教授が発見した4種類の遺伝子(タンパク質)で、幹細胞のようにさまざまな細胞や臓器になる機能(多能性)を持っています。

シンクレア博士たちも画期的な成果を収めます。2021年、神経の若返り効果を山中3因子(Oct3/4、Sox2、Klf4)を使って実証し、さらに2023年、山中3因子の代わりに化合物のカクテルを使い、同じような老化した細胞の若返りを実現しました。化合物で細胞機能やエイジング・クロックが若返る――つまり、細胞が若返る飲み薬の実質的な可能性が証明されたのです(*12)

*10 Sinha M, Jang YC, Oh J, et al. Restoring Systemic GDF11 Levels Reverses Age-Related Dysfunction in Mouse Skeletal Muscle. Science. 2014; 344: 649-652.
*11 Ocampo A, Reddy P, Martinez-Redondo P, Platero-Luengo A, Hatanaka F, Hishida T, Li M, Lam D, Kurita M, Beyret E, Araoka T, Vazquez-Ferrer E, Donoso D, Roman JL, Xu J, Rodriguez Esteban C, Nunez G, Nunez Delicado E, Campistol JM, Guillen I, Guillen P, lzpisua Belmonte JC. In Vivo Amelioration of Age-Associated Hallmarks by Partial Reprogramming. Cell. 2016 Dec 15;167(7) :1719-1733.el2.
*12 Yang JH, Petty CA, Dixon-McDougall T, Lopez MV, Tyshkovskiy A, Maybury-Lewis S, Tian X, Ibrahim N, Chen Z, Griffin PT, Arnold M, Li J,Martinez OA, Behn A, Rogers-Hammond R, Angeli S, Gladyshev VN, Sinclair DA. Chemically induced reprogramming to reverse cellular aging. Aging (Albany NY). 2023 Jul 12;15(13): 5966-5989.

 

早野元詞

慶應義塾大学医学部整形外科学教室特任講師。生命科学博士。 専門は老化、エピジェネティクス。環境やストレスに応じた遺伝子発現パターンと細胞のアイデンティティを決定する後天的な老化制御に興味を持っており、化合物、ゲノム編集、デバイスによる老化の定量とコントロールを目指している。2005年よりDNA複製タイミングの制御因子の単離と解析に従事し、2011年に東京大学大学院新領域創成科学研究科博士を取得。2011年から2013年まで東京都医学総合研究所ポスドクとして研究に従事。2013年より米ハーバード大学医科大学院のデビット・A・シンクレアのラボへ留学。2014年よりHuman Frontier Science Program (HFSP) long-term fellowおよび日本学術振興会海外特別研究員。シンクレア研究室にて新規老化モデルICEマウスを構築。2017年より慶應義塾大学医学部、特任講師。

※本記事は早野元詞著の書籍『エイジング革命 250歳まで人が生きる日』(朝日新聞出版)から一部抜粋・編集しました。
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