70代でホームレスになった女性の苦悩が希望に変わった日/反応しない練習(7)

pixta_24456769_S.jpg誰かの言葉にすぐ反応。SNS、ツイッター、ネット記事に常に反応......毎日、ムダな「反応」をしていませんか? すべての「苦しみ」は、自分が「反応する」ことから始まっています。それを理解することが、悩みを解決する第一歩です。
本書『反応しない練習』で、ブッダの超・合理的な考え方を学び、あなたも‟反応しない練習"を始めてみましょう。

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実例――「苦悩」が「希望」に変わった日

悩みの理由がわからないと、苦悩はいつまでも続きます。逆に、悩みの理由を正しく理解できると、「悩み」は「解決できる課題」―希望―に変わります。苦悩しつづける人生を「希望」へと変えた、印象的なエピソードを紹介しましょう。

そのご婦人は、私と出会ったとき、七十代の終わりに差しかかっていました。長年同居していた四十代の長男が、家庭内暴力が高じて、母親であるご婦人を家から追い出してしまいました。内側からカギを掛けて、誰も中に入れなくなりました。ご婦人は、人生の最晩年に「ホームレス」になってしまったのです。

幸いに生活保護がおりたので、小さなアパートに転がりこみました。その部屋に私が出向いたのは、夏の盛りの午後。ご婦人は「今日答えが見つからなければ、ここで首を吊(つ)って死にます」と言い切りました。

ご婦人は、ゆっくりと過去の道のりを語っていきました。見えてきたのは、母親に対する積年の恨(うら)みでした。七人兄弟のうち、なぜか自分だけが学校に行かせてもらえず、母親奉公を強(し)いられた。結婚して子ども二人を授かったときも、「あなたの仕事は家の面倒を見ること」と命じられ、子どもは親戚の元へ送られた。だからご婦人は、自分の子どもの幼少時代を知りません。そのため長い間「あなたを母親だと思っていない」と、子どもたちに言われつづけていたといいます。

母親の最初の記憶は、「六歳だった自分が入院したとき」のこと。窓からずっと、母が来るのを待っていた。母が病院の前までやってきた―なのに、そのまま歩いて行ってしまった。どうして来てくれないの?―それが母親への最初の思い出だといいます。

ご婦人は、細おもての上品そうな顔立ちで、深い悩みを抱えているようには見えません。しかし長い間、子どもたちとの埋まらない距離や、年ごとに暴力的になる息子との付き合い方に苦労しつづけていました。何より苦しいのは、なぜこんな状況になってしまったのか、自分のどこに理由があるのかが、見えないことにありました。

ご婦人の心は、自分が母親となり、年齢を重ねたあとも、ずっと「お母さん」のほうを向いていたのでしょう。心の底に、母親へのさまざまな思い、さみしさ、満たされなさを抱えて、それでもずっと母親の愛情を求めて生きてきたことが、見えてきました。子どもたちにとって「遠い人」だった本当の理由も、見えた気がしました。

部屋はすっかり暗くなっていました。「こんなわたしですが、これから乗り越えていけるでしょうか」と聞きます。もちろん乗り越えられます。「どうすればいいですか?」と訊ねてきます。

正しく理解することですと答えました。正しい理解こそが、人生の苦悩を解く一番強力な"智慧"なのです。今日一日で、ご婦人の長年の苦しみの理由が理解できました。あとは、過去の思いを、今日一日に感じる思いを、毎日見えてくるがままに、よく見ること。そして、将来を信頼すること。それだけで大丈夫です、とお伝えしました。

そのとき、ご婦人は力強く宣言したのです。

「わかりました。これからは、自分の心を正しく理解するようにします。そして、この苦しみを乗り越えることを、人生のテーマにします」

部屋の明かりをつけたとき、ご婦人はすっかり生気を取り戻していました。目の光が違いました。自分の心を理解したことで、苦しみから完全に抜け出したのです。人が「仏になる」瞬間を目(ま)の当たりにした思いでした。

ご婦人は後日、まずは老人ホームに出向いて「ボランティアをしたい」と申し出ました。自分が世話になるのではなく、介護の手伝いをしようというのです。ブッダが教える「慈しみ」―人々の幸せを願う心―の実践をしようと考えたのでした。

さらに、近所の散歩道で緑の世話をしているシニアの男性に声をかけ、手伝うことにしました。やがて地元の幼稚園児たちと親しくなって、草刈りを一緒にやるようになりました。「今が人生で一番幸せです」と、今も電話で楽しそうに報告してくれます。

もし人に「生まれ変わる」ことがあるとしたら、それは「苦悩しつづける人生」から「希望に満ちた人生」へと変わることだと思います。「正しく理解する」力が、それを可能にしてくれます。

人は、苦しみの正体について、正しく理解すべきである。苦しみの原因を断つべきである。苦しみのない境地にたどり着くべきである。その方法をこそ実践すべきである。私は確信するに至った―もはや苦しみに戻ることはないと。―ブッダ最初の説法マハーヴァッガ

 

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草薙 龍瞬(くさなぎ・りゅうしゅん)

僧侶、興道の里代表。1969年、奈良県生まれ。中学中退後、16歳で家出・上京。放浪ののち、大検(高認)を経て東大法学部卒業。現在、インドで仏教徒とともに社会改善NGOと幼稚園を運営するほか、日本では宗派に属さず、実用的な仏教の「本質」を、仕事や人間関係、生き方全般にわたって伝える活動をしている。著書に『悩んで動けない人が一歩踏み出せる方法』(WAVE出版)、『独学でも東大に行けた超合理的勉強法』(サンマーク出版)、『消したくても消えない「雑念」がスーッと消える本』(大和出版)がある。著者ブログはこちら。 

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『反応しない練習』
草薙龍瞬/ KADOKAWA)

すべての「苦しみ」は、自分が「反応する」ことから始まっています。それを理解することが、悩みを解決する第一歩です。その事実と、具体的な方法論を教えてくれるのは、2500年前の悟った人、ブッダ(原始仏教)。本書では、原始仏典を紐解きながら、現代人の人生に活かせる合理的な考え方を紹介します。

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