みなさんは、ご両親の金融機関の口座をすべて把握していますか?
金融機関の口座に入っている預貯金はもちろん、投資信託等の金融商品も相続財産となります。相続財産となる以上、相続開始時に相続人で分ける手続きや、相続税を計算する際の財産額に加える必要が出てきます。どの金融機関に口座があり、どのくらいの金額の預貯金や金融商品があるのかが把握できないと、相続手続きも正確な相続税の申告もできないことになってしまいます。
ただ、この口座の正確な把握は大変なことです。
何度か転職をされている方であれば、お給料の受取口座として、その会社ごとに口座を作っている方もいるのではないでしょうか。また、自営業の方であれば、お付き合いのある金融機関から口座開設をお願いされることもあると思います。
そうしてできあがった口座は、いつしか忘れ去られることがあります。
ご自分の口座でさえ忘れることがあるのに、まして世帯を別にしている親の金融機関の口座であればなおさらです。自分の親が、どの金融機関にどのような口座をもっているかを、しっかり把握している方は少ないのではないでしょうか。
そんな相続の現場で起きていること、考えなければならないことを、相続、遺言、家族信託支援を専門にする司法書士・青木郷が、実際に事務所で経験した事例も交えながら、全13回にわたって解説していきます。
第5回目の今回は、「忘れ去られた口座」についてご紹介します。
第4回目の記事はこちら→「「なぜ自分ばっかり...」魔物を生んだ原因は不公平感だった!/法律のプロと相続を考える」
相続人も知らなかった口座に高額の定期預金!
以前に相続手続きをお手伝いした際、ご相続人の方から提示された金融機関の口座数があまりに少なかったため、念のため、亡くなった方が住んでいた地域の主だった金融機関の調査をおすすめしたことがあります。お客様は「これ以上ないと思いますが、念のため」と、最初は楽観的な感じでした。しかし、実際に調査してみたところ、お客様も把握していなかった金融機関の口座が発見されました。
そのことでお客様も不安になったのか、その地域にあるすべての金融機関の調査を依頼されました。どこにあるともわからない預貯金を探すのは、宝さがしに近い状態です。
調査がすべて完了したところ、なんと数千万円の定期預金がある口座が発見されました。
相続税の申告額にも影響するほどの額でしたので、お客様としては大変驚かれていました。預金等の金融資産は、このような見逃しが多くなりがちです。
時間と労力がかかる口座の把握
この例のように、親が亡くなった後に、口座を1から把握しようとするととても大変です。
現状では、金融機関の口座を探す方法は、亡くなった人の出生から死亡までのすべての戸籍関係を集めた(それ以外の資料を要求される場合もある)うえで金融機関に提示して、亡くなった人の名義の口座があるか否かを探してもらうしかありません。しかも、この調査は金融機関ごとに行わなければなりません。どこかの金融機関で行うと、それ以外のすべての金融機関の情報が自動的に出てくるわけではないのです。
さらに、金融機関によっては、取引のあった支店の情報は出せるけれど、その他の支店の情報は出せないところもあります。こうなると、残された人にとっては、どの範囲まで金融機関を調査すればいいのか、悩むことになります。亡くなった人が住んでいたことがある地域の金融機関を、しらみつぶしに調査するのか。自分たちが把握している金融機関のみ調査するのか。家中を探して、資料が出てきた金融機関を調査するのか。いずれにせよ、時間と労力がかかります。
相続放棄をするとプラス財産も相続できない
では、こうした預金等を見逃してしまうと、どんな問題が起こるのでしょうか? 取り返しのつかない事態としては、民法に定める「相続放棄」をしてしまうと、その後に新たな預金が見つかっても、二度と相続できなくなることが挙げられます。
故人に借金が多いときは、相続人は家庭裁判所に相続放棄を申述することで、一切のマイナス財産を相続せずに済みます。ただし、この手続きを行うと、「初めから相続人ではなかった」ことになるため、マイナス財産だけでなくプラス財産も相続できなくなってしまうのです。
もし、故人に預金があることを知らないまま相続放棄をしてしまうと、借金を相続しない代わりに預金も相続できません。仮にマイナス財産より多くのプラス財産があっても、それを知らずに相続放棄をしてしまったら、もう取り返しがつかないのです。
生前にどの金融機関にどのような口座があるか整理しておくと、残される相続人の不安を軽減できます。「金額まで知らせるのはちょっと抵抗がある」という方も、どの金融機関と取引があるかだけでも、ご家族に教えておいてはいかがでしょうか?
青木郷(あおき・ごう)
司法書士・行政書士・家族信託専門士・家族信託コーディネーター。開業当初より、相続、遺言、家族信託に特化した業務展開を行ってきており家族信託組成支援を含む相続・承継の支援を行った家族は300世帯を超える。複雑で難解な相続手続きを明快に整理したうえで支援、またそのご家族に合った相続・承継対策を一緒に作り上げている。遺言書作成や家族信託組成支援については、お客様の希望や想いを丁寧にヒアリングしたうえで、税理士、不動産コンサルタント等と連携して支援を行っている。共著に『ファイナンシャルプランナーのための相続⼊⾨』(近代セールス社)、執筆・監修に『わかさ11⽉号 保存版別冊付録【⽼い⽀度⼿帳】』(わかさ出版)がある。