「50歳での末期がん宣告」から奇跡の生還を遂げた、刀根健さん。その壮絶な体験がつづられた『僕は、死なない。』(SBクリエイティブ)の連載配信が大きな反響を呼んだため、その続編の配信が決定しました! 末期がんから回復を果たす一方、治療で貯金を使い果たした刀根さんに、今度は「会社からの突然の退職勧告」などの厳しい試練が...。人生を巡る新たな「魂の物語」をお届けします。
「愛」のエネルギー
5月の下旬、総合格闘技の征矢選手から連絡が入った。
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「6月2日にRIZIN(ライジン)で試合が決まりました。今までの想いを全てリングにぶつけます」
征矢選手とは昨年の11月以降、半年以上会っていなかった。
やった!...試合が出来るほど治ったんだ...しかもRIZIN(ライジン)なんだ、すごいな。
RIZIN(ライジン)とは、日本の総合格闘家たちが目指す頂点の大会で、トップクラスの選手達がしのぎを削り合う、熾烈な大会として有名だった。
それとともに、病気で作った彼のブランクを考えると、ちょっと不安を感じた。
いや、そもそも試合が出来るようになっただけでも、すごいことなんだ。
クローン病から寛解して第一線に復活したスポーツ選手は少ない、というか、ほとんどいない。
彼はそれをやってのけようとしている。
結果ではない、彼のその生き様が素晴らしくかっこいい、と僕は思った。
僕はやきもきしながら試合当日を迎えた。
彼の試合時間が迫ると、リアルタイムで流れるRIZINの試合結果Web画面が変わるのを固唾をのんで眺め続けた。
とつぜん、僕のメールがブブ~ッとメールを受信した。
マナベボクシングジムの真部会長からだった。
リアルタイムニュースより先に、メールを送ってくれたのだ。
添付映像とともに、こう書いてあった。
「征矢!やりました!」
僕が急いで添付ファイルを開くと、そこにはリング上で躍動する征矢選手が映っていた。
素早い動きで相手をロープに詰め、左右のパンチから左アッパー一閃、まるで糸の切れた操り人形のように倒れる相手選手。
そして...リング上で絶叫する征矢選手。
「嫁が、白血病で亡くなりまして...」
「食べられないんです」
一緒に陶板浴に行ったとき見た、小さくなった身体。
ぐったりとして、舟橋さんの治療を受ける姿。
彼が体験し、通り抜けてきた過酷な試練。
愛するひとの死、孤独、病気による苦しみと絶望、這い上がる努力と周囲への感謝、そういったもの全てを、彼の雄叫びは現わしていた。
やったな...征矢...。
僕は、泣いた。
人って素晴らしい。
人生は素晴らしい。
忙しい日常をぬって、吉尾さんとのやりとりは続いていた。
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吉尾さんは僕の原稿を読んで、よく分からなかった部分や、もっと深掘りをした方がいい部分、そういうところを一つひとつ解きほぐすように丁寧に質問してくれた。
おかげで内容はさらに深まり、完成度、クオリティーがさらに上がった。
それは僕では気づかなかったところばかりで、さすがとしか言いようがなかった。
吉尾さんとのやりとりを終え、吉尾さんがいっぱい付箋や赤入れをしてくれた、正真正銘の最終原稿のチェック終えた。
明日、この原稿を出版社に送る。
夜、僕はその原稿を抱いて布団に入った。
最後に、この原稿に"愛"を込めよう。
イヤホンをスマホにつなぐと、あのKOKIAさんの"愛はこだまする"をかけた。
そう、あれからいろいろあった。
これから、この原稿を読む人たちはがんの人が多いだろう。
がんではなくても人生において苦境に立っている人が多いに違いない。
そういう人たちへ、少しでもこの"愛"のエネルギーが届きますように。
この原稿に"愛"が入りますように。
僕は原稿をぎゅっと抱きしめた。
あまりにもぎゅっと抱きしめたせいか、曲が終わったころ、原稿は少ししわくちゃになっていた。
9月に入ってから、僕は久しぶりに妻と那須高原へ旅行へ出かけた。
動物好きの彼女と一緒に、那須高原にいる様々な動物たちに会いに行った。
アルパカ牧場では、アルパカ達が大きな目を輝かせながら僕に近づいてきた。
僕は両手で頭をゴシゴシと撫でてあげた。
ちょっとゴワゴワした感じだったけれど、大きくて優しく潤んだ瞳と、少し微笑んだような顔に、僕も妻も大いに癒やされた。
カピバラにも会ってきた。
素早く動くことが想像できないほど、ゆったりとしたその不思議な生き物は、悟りを開いた禅僧のように、平穏な目を遠くに泳がせていた。
「悟ってる、いや、これ絶対に悟りの境地に達してるよ」
僕は思わず妻にそう言った。
妻は笑いながら言った。
「いや、でも、本当にかわいい。もっと小さかったら、家で飼いたいくらいだね。静かだしさ」
「確かにカピバラは犬と違って、吠えそうにないね」
僕は一瞬、僕ががんになった年の秋に亡くなったダックスフンドの「ケンタ」を思い出した。
ダックスフンドは猟犬でもあることから、「ケンタ」も警戒心が強くて吠え声が大きかった。
でも、とっても従順でかわいかった。
もういちど、犬が飼いたいなぁ。
小さなログハウスに二人で泊まる。
それは本当に幸せな時間だった。
ああ、本当に平和な時間が戻ってきたんだな...
僕はほぼ3年前の、あの大学病院での「がん宣告」を思い出しながらも、幸福な気分に満たされていた。
秋になるころ、吉尾さんから出版に関して次々に連絡が入ってきた。
出版予定は12月になること、初版の部数、そして表紙のイラストなど。
特に表紙は僕が想像していたものと全く違っていた。
しかし、そのイラストはなぜか視線が行ってしまうような魅力があった。
さすが、プロの仕事は違う。
10月に入ると、吉尾さんから連絡が入った。
「Amazonの予約が始まりました」
そして正式な出版日は12月18日に決まった。
全ては順調だった。
しかし、まさかの難関が次に待っていることを、そのときの僕はまだ知らなかった。
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【最初から読む】:「肺がんです。ステージ4の」50歳の僕への...あまりに生々しい「宣告」/僕は、死なない。(1)
50歳で突然「肺がん、ステージ4」を宣告された著者。1年生存率は約30%という状況から、ひたすらポジティブに、時にくじけそうになりながらも、もがき続ける姿をつづった実話。がんが教えてくれたこととして当時を振り返る第2部も必読です。