高齢になると「面倒だから」「誰も見ないから」と、だんだん化粧から遠ざかる人が多いようです。でも、実は化粧には健康寿命の延伸や生活の質「QOL=Quality of life(クオリティ オブ ライフ)」を保つことに密接な関係があることがわかってきました。医学博士で介護福祉士の資格を持つ資生堂の池山和幸さんに詳しい話を伺いました。
前の記事「女性が化粧から遠ざかり始めるのは60~70代! 母親が化粧水をつけなくなったら要注意です(1)」はこちら。
化粧をすると、健康長寿の3つの秘訣がかなう!
「平均寿命」は世界でもトップクラスの日本ですが、生活に不自由ない期間である「健康寿命」との差は男性で約9年、女性で約12年。平均すると約10年間もあることが厚生労働省の発表でわかっています。そして、その不健康な約10年間の内訳は、「主観的な不健康=心」期間が約8年、「客観的な不健康=身体」期間が約2年といわれています(※1)。
これは、気分が沈みがちになり行動する意欲がだんだん低下していく期間を経て、身体機能も低下していくと見ることができ、心の状態も健康寿命に影響しているということができます。
※1 出典/東京都健康長寿医療センター 大渕先生資料
「心の状態がよくないと、気分が落ち込む、活動量が減る、食欲が落ちる、低栄養状態になり体重が減る、筋肉・筋力が衰える、足腰が弱くなる、と"衰弱の悪循環"に陥りやすくなります」と、池山さん。
では、心の状態をよくするにはどうしたらよいのでしょうか。池山さんの答えは明快です。「化粧をしたり、身だしなみを整えることです。化粧をすると気持ちが明るくなりますよね。そして、元気や自信がわいてくるので、外出や人と交流する機会が増えます。すると、表情が豊かになり、活動量も増えるので食欲もわき、生活にも肌にもハリが出ます。
健康長寿の秘訣は『食事』『運動』『交流』の3つとされていますが、化粧をすることでその3つがすべてかなうのです」
化粧の力で、脳はイキイキ、筋力はアップ!
化粧の持つ力は、心理的なことばかりではありません。身体機能や生活機能の向上にも役立ちます。
「それが医学的観点と介護的観点から取り組んだ"化粧療法"です。化粧をするには、何をどの順番で使うか段取りを考える必要がありますよね。実は、それが脳を活性化させてくれるのです。また、鏡に映った自分の手の動きを予想したうえで思い通りに動かすなど、空間認知能力を鍛えることにもつながります。香りを嗅ぐ、色を視る、肌や化粧品に触れる、といった一連の行為が、五感を通じて脳に刺激を与えてくれます。しかも、きれいになれる、という特典がもれなくついてくるのですから、脳トレや数独に励むよりもずっと楽しいですよ(笑)。
また、化粧品を使うにはキャップを開ける、ネジを回す、ディスペンサーを押す、顔につけるなど、手指や腕の筋肉と関節を大きく動かすことになります。両腕の重さは体重の約8分の1ですが、化粧は腕を宙に浮かせて行なうので、スキンケアを含めて朝晩行なうことで筋肉や握力が自然と鍛えられます。これが加齢で衰えた筋肉にとって、リハビリに匹敵するほどのトレーニングに。手指の筋力維持のためにハンドグリップを使うのもよいですが、ハンドグリップを握っても肌は潤いませんよね。化粧療法なら肌はしっとり潤います」
化粧療法で、自分で食事ができ、排泄管理ができるように!
「化粧療法は、自分で行なう化粧を支援するもので、高齢者の"自立支援"に根ざしています。その成果には目を見張るものがあるんですよ」
池山さんは実際に、高齢者関連施設で生活する63人の要介護高齢女性を対象に3カ月間化粧療法(※1)を実施し、日常生活動作にどのような効果が現れたか調査しています。そして、37人に自立度の改善が認められました。中でも変化が多かった注目すべき項目は、「排尿管理」「移乗(ベッド・いす・車椅子)」「食事」「排便管理」です。
※1 毎日個々に実施するスキンケアと月2回集団で実施する化粧教室
日常生活動作項目と改善したのべ人数(グラフ横軸は人数)。
「要介護高齢女性の化粧行動と化粧療法効果」より
「これらは、3カ月で握力が向上したために、それまで介助が必要だった動作を自分で行なえるようになったことを示しています。食事は化粧に比べて2分の1、3分の1の力で行なえますし、ベッドやいすなどへの移乗、排泄も手すりやグリップを自分でしっかり握れるようになった結果です」
最も多い16人に自立の改善が認められた「整容」とは、歯を磨いたり、髪を整えたりする動作のこと。高齢者施設の入浴時には、大勢の入所者を少ない介助者でケアしなければなりません。「それまでは介助者が洗髪後の髪を整えていたところ、忙しくて櫛を目の前に置いたままにしていたら、なんと一人ではできないだろうと思われていた人が、自分で手を伸ばして櫛を持ち、髪の毛をとかしていた!といううれしい驚きに遭遇したそうです」
本当は自分でできるのに、周囲ができないだろうと思って先回りしてやってしまう。そんな思いやりが、実は高齢者の自立を妨げていることも。
「だから、化粧療法はスパルタです。ファンデーションのスポンジパフが自分で持てるか、持ったパフを顔につけられるか、などその人の残存能力を見極めて行ないます。もちろん、できないことを無理に強いることはありません。先回りして"できる"ことをつぶしてしまうのではなく、自分でできることを増やしていく。それが自立度のアップにつながるからです」
自立度が改善されれば、本人は生活の質「QOL=Quality of life(クオリティ オブ ライフ)」があがって快適になり、健康寿命が延びることに。そして、介助・介護する側も大助かり。まさに、"化粧療法"はいいこと尽くしです。
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取材・文/岸田直子
池山和幸(いけやま・かずゆき)さん
資生堂ジャパン株式会社CSR・コミュニケーション部マネージャー、医学博士・介護福祉士。京都大学大学院医学研究科にて学位取得。「高齢者と化粧」をキーワードに多岐にわたり研究。