「病気の名前は、肺がんです」。医師からの突然の告知。しかも一番深刻なステージ4で、抗がん剤治療をしても1年生存率は約30%だった...。2016年9月、50歳でがんの告知を受けた刀根 健さん。残酷な現実を突きつけられても「絶対に生き残る」と決意し、あらゆる治療法を試して必死で生きようとする姿に...感動と賛否が巻き起こった話題の著書『僕は、死なない。』(SBクリエイティブ)より抜粋。過去の掲載で大きな反響があった本連載を、今回特別に再掲載します。
※本記事は刀根 健著の書籍『僕は、死なない。』から一部抜粋・編集しました。
※この記事はセンシティブな内容を含みます。ご了承の上、お読みください。
【前回】「静かに余生を過ごして」だって!? 肺がんの僕は、ただ死を待つわけにはいかず...
スマイル・ワークショップ
「こんにちは、よくいらっしゃいました!」
10月4日から3日間、秩父で開催されているスマイル・ワークショップに出かけた。
日本のがんサバイバーの元祖、寺山心一翁さんの主催する宿泊ワークショップだ。
初めて会う寺山先生は思ったより小柄な老人だった。
年齢は82歳とのことだったが、肌はつやつやと輝き、元気で陽気なオーラをまるで太陽のように放射していた。
頭はつるつるだが、白雪姫に出てくる森の小人みたいな立派で白いあごヒゲをはやしていた。
「刀根さん、お会いできて嬉しいです!」
寺山先生は顔じゅう笑顔みたいな満面の笑みで、僕の手を強く握った。
信じられないほど握力が強かった。
「よろしくお願いします」
「では、まず荷物を部屋に置いたら、さっそく森に出かけましょう!」
荷物を部屋に置くと早速出発だ。
参加者の自己紹介も何もない。
もちろん寺山先生からのレクチャーなんて何もない。
ホテルを出ると寺山先生を先頭に男性2人、女性7人、総勢9人の参加者が続き、山道をずんずん歩いていく。
このワークショップの参加者は僕と同じがん患者じゃないの?
こんなに強行軍でみんな大丈夫なの?
「ほーら、森と自然の氣を感じてください。素晴らしいでしょうー」
寺山先生はよく晴れた空を見上げ、歌うように言った。
僕はそれよりも群がってくる蚊の軍団を追い払うことに注意を奪われていた。
頭の上の蚊を追い払っているうちに、約1時間の山道探索が終わった。
森から帰って皆で研修室に入った。
参加者が円形に置かれた椅子に着席する。
僕は自分の状況を含めて詳しくみんなに知ってもらいたいと感じていた。
そしてみんながどんな状況で、どんな治療をしているのかも知りたかった。
寺山先生は言った。
「自己紹介をしましょう。名前だけでいいでしょう。呼ばれたい名前を名札に書いて、胸に着けてください」
最初に「トネ」と書いてみた。
なんだか堅苦しい。
横から声がした。
「子どもの頃はなんて呼ばれていたんですか?」
寺山先生と一緒に仕事をしているイクミさんだった。
「子どもの頃はタケちゃんって呼ばれてました」
「それ、いいんじゃないですか?」
イクミさんはニコッと笑った。
僕はネームプレートにタケちゃんと記入した。
なんだかこそばゆかった。
家族以外で小学生以来、この呼び名で呼ばれたことはなかった。
寺山先生の胸には「シンさん」という名札が付いていた。
「じゃあ、さっそく始めましょう」
何を話してくれるのだろうか?
やっと寺山先生のがんからの生還ストーリーが聞ける。
食事法や治療法、サプリのことも聞きたい。
僕は寺山先生の次の言葉に期待した。
「まずは、歌いましょう!」
は?歌?
歌なんて気分じゃないよ。
それよりももっと大事なことを教えてほしい。
シンさんこと寺山先生はニコニコしながら楽譜を配り始めた。
残念ながら、僕は楽譜が全く読めない。
「あのー、僕は楽譜がわからないんですが......」
残念な気持ちいっぱいで僕は言った。
すると、横にいた僕以外で唯一の男性参加者が話しかけてきた。
「じゃあ、私が教えましょう。私が手のひらで音の高低を示しますから、それに合わせて声を出してください」
あごヒゲをたたえた柔和な男性だった。
何か普通と違うオーラが出ていた。
音楽をやっている人だろうか?
胸には「カズミさん」と書いてあった。
「ほら、こうやりますから」
カズミさんは手のひらをヒラヒラさせて教えてくれた。
「じゃあ、みんなで声を合わせて、いきますよー」
シンさんが指揮を執る。
歌が始まる。
僕は隣で歌う彼の深く響く声に続いて声を合わせた。
するとシンさん、僕、カズミさん、3人の男性の声と、他の女性たちの高い声が重なり合いはじめた。
声の振動が合わさって部屋の空気が変わっていくように感じられた。
周囲の空気がどんどん軽やかに、クリアになっていく。
それと一緒に僕の身体も軽くなっていく。
なんだ?これは。
歌が終わると、部屋の空気感が一変していた。
先ほどの空虚な空間ではなく、まるで暖かな春の日差しに包まれた別の部屋にいるようだった。
「さあ、まだまだ歌いますよー」
シンさんは楽しそうに言った。
何曲か歌った後、シンさんは部屋の中心を指差した。
そこは小さな祭壇のようになっていて、裏返したカードがたくさん散らばっていた。
「これはメッセージカードです。自分から自分へのメッセージです。自分の知りたいことを心に念じてください。そして床にあるカードを自分の直感に従って1枚選んでください。今のあなたにとって大切なメッセージが書かれているはずです」
皆が次々にカードを引き、裏返しては声をあげていた。
何が書いてあるんだろう?
僕の順番が来た。
僕は念じた。
「がんという体験は、僕にとってどういう意味なのか?僕にとって、いったいなんなんだ?」
しばらく祭壇に散らばるカードの周りをグルグルと回った後、隅っこにある1枚が目に付いた。
うん、これだな。
僕はしゃがんでそのカードを拾った。
何が描いてあるんだろう?
急いで裏返すと、岩山からツルハシで光る鉱石を掘り出す人の絵と「the purpose」という文字が描かれていた。
purpose......どういう意味?
横にいたイクミさんが言った。
「目的よ」
目的?
がんが目的?
どういうことなんだ?
シンさんがニコニコ笑いながらやってきた。
「がんはタケちゃんに生きる目的を教えてくれるために生まれたのですよ。それをわかってあげてください。がんはギフトなのです」
生きる目的......
僕の生きる意味......
それはいったい......?
そもそも、がんがギフト?
自分の部屋に戻って1日を振り返ってみた。
今日は歌ったり踊ったり......。
今までの僕ではついていけないことばかりだった。
最初は抵抗があったけど、シンさんの笑顔と仲間のエネルギーでなんとか乗り越えることができた。
やっぱり僕は自分でも気づかなかったけど、相当頭の固い人間みたいだ。
この頭の固さががんを作り出した一因じゃないだろうか。
そうだ、自分の頭の中に走り回る「恐れ」の声に振り回されないことが大事なんだ。
「恐れ」の声に従うと、自分を守ろうと防御し、閉ざして固くなる。
固くなると冷たくなる。
その結果として様々な病気になるんじゃないだろうか。
今日は意外に楽しかった。
歌ったり踊ったりすることがこんなに楽しいだなんて、思ってもみなかった。
まずゆるむこと、そして暖めること、楽しむことが大切なんだ。
そういえば、子どもの頃はいつも歌ったり踊ったりしてたっけ。
つまり子どもの心、無邪気な心を取り戻すということが大切なんだ。
それがいずれ、がん細胞を消していくことにつながるんじゃないだろうか。
シンさんは、それをみんなに体験で悟らせようとしているんじゃないだろうか。