がんの治療で貯金も残っていない僕に...社長からの「突然の宣告」/続・僕は、死なない。(8)

「50歳での末期がん宣告」から奇跡の生還を遂げた、刀根健さん。その壮絶な体験がつづられた『僕は、死なない。』(SBクリエイティブ)の連載配信が大きな反響を呼んだため、その続編の配信が決定しました!末期がんから回復を果たす一方、治療で貯金を使い果たした刀根さんに、今度は「会社からの突然の退職勧告」などの厳しい試練が...。人生を巡る新たな「魂の物語」、ぜひお楽しみください。

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やって来た、次の試練

10月27日。久々に会社を訪れた。

8月に退院の報告にちょっとだけ顔を出したので、ほぼ2ヶ月ぶりの会社だった。

「良かったわね、本当に良かったわ。とりあえず、食事に行きましょう」

社長は笑いながら言った。

社長、同僚と3人でランチを食べているときだった。

「で、体調はどう?」

「ええ、ずいぶん戻ってきました。まだ声はこんなですが、だんだんと出るようになってきました。もう少し時間が経てば、もっと出るようになると思います」

「そう~それは良かったね」

「ありがとうございます。まあ休職期限の11月末の復帰はまだちょっと難しいかもしれませんが、ひと月くらい休職期間を伸ばしていただいて、年明けくらいには戻りたいと思ってます」

「うん、そうなの...」

社長の顔が曇った。

ん?

なんか嫌な予感がした。

「その事なんだけれど、刀根さん、会社の社則だと11月末で退職ってことなの」

「え...?」

僕は、声を失った。

「そうなの。会社には規約があって、その規約では休職期間は1年間って決まっていて、それ以降の休職期間の延長はできないのよ」

「...」

僕は言葉を失ったが、なんとか声を絞り出した。

「そんな...急に言われても...」

「だから刀根さんは、11月末で退職ってことなのよ」

「...」

あまりの予想外の展開に、僕はそれ以上何も言うことが出来なかった。

「この話は会社に戻ってからにしましょう」

気まずい雰囲気を察したのか、社長は言った。

「ええ...はい...」

大混乱の僕は、食事の味も全く感じず、ひたすら途方に暮れた気持ちになっていた。

会社に戻ると、社長の話はこうだった。

これは規約で決まっていることなので、どうしようもない。

したがって休職期間の延長は出来ない。

仮にすぐに戻ってきたとしても、1日6時間以上、ちゃんと研修が出来るコンディションでないと、復帰は認めない。

時短勤務やリハビリ勤務なども、認めない。

つまり僕は、いきなりお先真っ暗な状況に放り出されたわけだった。

僕の困りきった顔を見た社長は言った。

「私としてもちょっと考えてみます。悪いようにはしないから。次は11月2日に来て」

しかし僕は、もう社長の言葉を信頼出来なかった。

僕の頭に言葉がよぎる。

会社をクビ?

仕事がなくなる?

おいおい、ちょっと待ってくれよ。

いきなりそれは、ないだろう。

これから、どうすればいいんだ。

長男は就職が決まったとは言え、今大学の4年生。

次男は大学2年だ。

まだまだ学費だってかかる。

なにより、生活してくためにはお金が必要だ。

毎月の医療費だって6~8万円くらいかかっているし。

この状態で収入がなくなる、ゼロになる?

がんの治療でお金はほとんど使ってしまって、貯金もほとんど残っていない。

体調だってまだまだ充分じゃない。

声だってまだ出ていないし、頭だってまだ毛が生えきっていない。

身体はまだダルいし、体力だってまだまだ全然戻っていない。

転職するか?

いや年齢的に無理だろう、今年で51歳だぞ。

こんな体調で転職活動できるか?

そもそも、つい数ヶ月前に肺がんで死にそうになってた人間を雇う会社なんてないだろうし。

こんな身体で、一から新しい仕事の立ち上げ?

何をどうやってやる?

営業活動でもするか?

いや、無理でしょ。

無理、無理。

そもそもそんなこと出来る体調じゃない。

声だってろくに出てないんだぞ。

うむむ...。

どうなる?

どうなる?

どうなる?

どうなる?

どうなる?

どうなる?

どうやって生きていく?

肺がんステージ4Bの次は、会社クビか?

会社クビ。

会社クビ。

会社クビ。

会社クビ。

会社クビ。

う~、なんて運が悪いんだ。

いや、これは運か?

それとも魂の計画なのか?

魂の計画だとすると、また、いきなりハードなやつ?

おいおい魂くん、もういいかげんにしてくれよ。

頼むからもうちょっと、休ませてくれよ。

全身転移のがんから生還して、3か月ちょっとなんだぞ。

僕は途方に暮れて電車に乗り、暗く沈んだ気持ちを抱えたまま、家に着いた。

「ただいま」

「おかえり」

家では妻が夕食の準備をしていた。その姿を見て、僕は耐えきれなくなって、言ってしまった。

「会社、クビになった」

「え?」

妻は驚いて、目を丸くした。

「会社の規約なんだって。休職期間は延長できないって。だから11月末で退職だってさ」

「う~ん」

妻はしばらく黙っていたが、顔を上げて毅然と言った。

「しょうがないよ。大丈夫、なんとかなる」

妻は僕なんかより、何十倍も強い。

その日の夜、布団の中で考えた。

おそらく僕は11月末で会社を辞めることになるだろう。

そのあとの生活を、自分で作っていかなければならない。

もう会社には頼れない。

これからは一人で稼いでいかなくてはならない。

少なくとも次男が大学を卒業するまでのあと2年、なんとかしていかなくては...。

しかし...。

肺がんステージ4の次は、会社クビかよ...。

そういえば、脳転移が見つかって緊急入院が決まった翌日に会ったフジコさんが言っていたっけ。

「刀根くん、これはマスターレベルのことなのよ...いきなりステージ4とか、いきなり脳転移とか...」

確かに肺がんステージ4からの生還はマスターレベルの試練だったかもしれない。

でもそれからたった3か月で、生活の基盤を全て失うような出来事だって、相当なレベルの試練じゃないのか。

僕の魂の計画はなんて過酷なんだろう。

我ながら、嫌になる。

僕の魂は相当なドSに違いない...。

いや、間違いない、ドSだ!

ドSもドS、超ド級のドSだ!

ドS!

ドS!

ドS!

くっそう~お前なんか嫌いだ!

なんでもっと楽な人生を歩めないんだよ。

過酷すぎるよ。

ひどすぎるよ。

どーすりゃいいんだよ。

魂くん、君はなんて欲張りなんだ。

ひとつの人生に、試練を詰め込みすぎだよ!

いやいや、悩んでいても仕方がない...何とかしなくちゃ。

がんになる前の僕なら、必死で出来ることを探し、計画し、行動を始めただろう。

一般的に、不安を解消する手立てはいくつかある。

一つ目は、不安を感じる項目を列挙して、それに対して徹底的な対策を取ること。

つまり、不安を対策でつぶしていくことだ。

Plan(計画)、Do(行動)、Check(検証)、Action(修正)。

主にビジネスではこのPDCAのサイクルをまわすことがよい仕事になると言われているし、僕もそう思っていた。

二つ目は、それをやった上で、「楽観的」に物事を捉えること。

人は物事を「ネガティブ」に捉える癖がある。

これは人類が石器時代から生き残る上で得てきた「特性」だ。

物事を「楽観的」に捉えて準備を怠る人よりも、「悲観的」に捉えて警戒し、きっちり準備する人の方が「生き残る」可能性が高い。

だからそういう「悲観的」な遺伝子(DNA)を持った人たちが生き残ってきた。

ゆえに僕たちはみんな「悲観的」な人たちの子孫で、そういうパターンを生まれながらに持っている。

でもこれはとっても疲れる。

現代社会みたいにいつも「不安」を感じさせる出来事がてんこ盛りの時代ではストレスフルになってしまう。

それに対抗するために生み出されたのが「ポジティブ・シンキング」だ。

「たまたま運が悪かった」「次は大丈夫」「私のせいじゃない」

この3つが「楽観的なものの見方」、いわゆる「ポジティブ・シンキング」の特徴だ。

「たまたま運が悪かった?」

いや、運が悪いどころじゃないでしょ。

「次はうまくいく?」

"次"が思い浮かばない...。

「私のせいじゃない」

まあ、確かに僕のせいじゃないけど...だから何なんだよ!

「ポジティブ・シンキング」じゃ僕の悩みに答えは出なかった。

僕はがんで学んだ。

「PDCA」や「ポジティブシンキング」ではどうにもならないことがある、ということを。

「PDCA」や「ポジティブ・シンキング」じゃ本当のピンチは乗り越えられない。

そう、それを乗り越える唯一の道...。

それは、「明け渡し」「サレンダー」だ。

自分の希望や判断や執着、そういったものも全て明け渡し、自分を超えた「大いなるもの」「全体」「宇宙」に"降参"し、"お任せ"する。

すると、自分の思惑を超えたところで何かが動き出し、予想外のことが起こってくる。

それがどこにつながって、その結果、自分がどうなるかは分からない。

でも、その"流れ"を信頼する。信じるんじゃなくて、信頼する。

それが、「明け渡し」であり「サレンダー」。

そう、じたばたしない、明け渡すんだ。

サレンダーするんだ!

【次のエピソード】先が全く見えない...。人生の深い霧の中で、僕が頼ったもの。/続・僕は、死なない。(9)

【最初から読む】:「肺がんです。ステージ4の」50歳の僕への...あまりに生々しい「宣告」/僕は、死なない。(1)


がんの治療で貯金も残っていない僕に...社長からの「突然の宣告」/続・僕は、死なない。(8) shoei001.jpg50歳で突然「肺がん、ステージ4」を宣告された著者。1年生存率は約30%という状況から、ひたすらポジティブに、時にくじけそうになりながらも、もがき続ける姿をつづった実話。がんが教えてくれたこととして当時を振り返る第2部も必読です。

 

刀根 健(とね・たけし)

1966年、千葉県出身。OFFICE LEELA(オフィスリーラ)代表。東京電機大学理工学部卒業後、大手商社を経て、教育系企業に。その後、人気講師として活躍。ボクシングジムのトレーナーとしてもプロボクサーの指導・育成を行ない、3名の日本ランカーを育てる。2016年9月1日に肺がん(ステージ4)が発覚。翌年6月に新たに脳転移が見つかり、さらに両眼、左右の肺、肺から首のリンパ、肝臓、左右の腎臓、脾臓、全身の骨に転移が見つかるが、1カ月の入院を経て奇跡的に回復。現在は、講演や執筆など活動を行なっている。

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『僕は、死なない。 全身末期がんから生還してわかった人生に奇跡を起こすサレンダーの法則』

(刀根 健/SBクリエイティブ)

2016年9月、心理学の人気講師をしていた著者は、突然、肺がん告知を受ける。それも一番深刻なステージ4。それでも「絶対に生き残る」「完治する」と決意し、あらゆる代替医療、民間療法を試みるが…。当時50歳だった著者の葛藤がストレートに伝わってくる、ドキドキと感動の詰まった実話。

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