高齢になると「面倒だから」「誰も見ないから」と、だんだん化粧から遠ざかる人が多いようです。でも、実は化粧には健康寿命の延伸や生活の質「QOL=Quality of life(クオリティ オブ ライフ)」を保つことに密接な関係があることがわかってきました。医学博士で介護福祉士の資格を持つ資生堂の池山和幸さんに詳しい話を伺いました。
前の記事「要介護者が自分で食事、排泄ができるようになる? 高齢者の自立を促す「化粧療法」とは?(2)」はこちら。
男性にも広がる「化粧療法」
高齢者が誰かに化粧をしてもらうことではなく、高齢者が自分で化粧することで心身機能や生活機能の向上を目指すことを「化粧療法」といいます。
「化粧=女性だけのもの、とは限りません。男性も髪や眉を整えたり、顔や頭皮のマッサージをしたりするなど整容を意識することで心身機能や生活機能の向上が期待できます。事実、2017年には『男性向けの講座をやりたい』と2つの団体から相談がきたほど。なぜなら、化粧にはリハビリ効果はもちろん、介護予防効果があることが知られてきたからです」
もともと資生堂では1949年から高校卒業予定者を対象に、身だしなみとしての化粧法を伝える「整容講座」を開始。以降、参加者や目的によって内容を変化させながら発展的に継続させてきたという長い歴史があります。
とりわけ、高齢者に関しては、当社の研究により、化粧をするという行為が認知症の周辺症状を緩和させたり、日常生活動作を向上させる効果が明らかになり、社会貢献の一環としてボランティアによる無償セミナーを行なってきました。
「でも、高齢者の増加に伴って開催要望が拡大してボランティア活動では対応が難しくなってしまったのです。そこで2013年、ライフクオリティー事業として有償で化粧療法プログラムを行なう活動を高齢者・視覚障がい者などを対象にスタートさせたのです。すると、徐々にではありますが、医療の分野から注目を集め始め、続いて全国の自治体が"介護予防"になる、と注目し始めました」
65歳以上の2割弱が要介護認定者(要支援含む)である現代、膨らみ続ける医療費を抑えるためにも、自治体が"介護予防"として化粧に着目したのは当然のことといえるでしょう。
ちなみに、資生堂が経済産業省の受託事業の一環で調査した結果によると化粧療法プログラムを受けることで介護費用削減効果は1人あたり年額約14,220円にもなるというから驚きです。
歯科でも行なわれるようになった「化粧療法」
「また、口腔ケアという観点からも化粧療法は注目を集めています。高齢になると食事のときにむせやすくなったり、飲み込みにくくなったりすることが増えてきます。これらを防ぐためには、唾液の分泌をよくするマッサージや、舌や口を動かす体操が効果的だといわれています。化粧水や乳液を顔に塗る際、唾液腺を意識して行なえば唾液の分泌がよくなり、飲み込む嚥下(えんげ)力を向上させることがわかってきてます」
男性もひげ剃りの前後に、クリームやローションで肌をやさしくマッサージすることで、肌のハリやツヤがよくなります。ついでに目や口の周りなど顔の筋肉を動かすと、表情が豊かになる特典も。
厚生労働省や日本歯科医師会によって推進されている「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」という8020運動は成果を上げ、達成率は50%を超えているといいます。ところが、自分の歯はあっても口腔機能が衰えていては、食事を楽しむことはできません。
「そこで、土曜日の午後など、診療時間外に口腔ケアを兼ねた化粧教室を開催する歯科医院も増えてきたほどです」
化粧で「出かけたくなる」「人と話したくなる」気持ちをアップ
「誰もが慣れ親しんできた身だしなみや化粧は、生活動作トレーニングにもなり、リハビリや介護予防効果が期待できます。健康寿命の延伸には、身体機能の維持だけでなく、心のケアや社会とのつながりも必要です。特に、私は社会や人とのつながり=交流は、健康長寿の延伸に欠かせない最も大事なものだと思っています」
事実、重度要介護状態になる確率は、
●外出/毎日の人に比べると週1回の人は1.9倍
●友人と会う頻度/月1回の人に比べると月1回未満の人は1.7倍
という調査結果(※1)も。
※1 出典/日本公衆衛生雑誌56巻8号(2009年)
「だからこそ、化粧をしたり、身だしなみを整えることで『出かけたくなる』『人と話したくなる』意欲をアップさせてほしいと願っています」と池山さん。
「もう年だから」と化粧や身だしなみに気を遣わないのではなく、「もう年だから」こそ、心と体を快適に保ち健康で長生きするために化粧や身だしなみに気を遣う。自分自身に言い聞かせるとともに、ぜひご両親にも伝えてください。
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取材・文/岸田直子
池山和幸(いけやま・かずゆき)さん
資生堂ジャパン株式会社CSR・コミュニケーション部マネージャー、医学博士・介護福祉士。京都大学大学院医学研究科にて学位取得。「高齢者と化粧」をキーワードに多岐にわたり研究。