コロナ禍で加速する高齢者の身体機能の衰え。介護への備えに不安がつのる/道路を渡れない老人たち

信号を青の間で渡り切れないため、「買い物難民」になる高齢者がいるそうです。実は、身体機能が衰え、この速度で歩けない人は300万人以上だとか。そのような高齢者をサポートするリハビリ専門デイサービスを運営する経営陣の著書『道路を渡れない老人たちリハビリ難民200万人を見捨てる日本。「寝たきり老人」はこうしてつくられる』(アスコム)より、介護の現実をご紹介いたします。

【前回】症状が悪化するまで解決策にたどり着かない介護。事前に知っておきたい介護認定/道路を渡れない老人たち

【最初から読む】青信号点滅の間に渡れない速度の老人は300万人以上。日本が抱える介護問題/道路を渡れない老人たち

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コロナ禍で介護はどう変わっていくのか

■コロナ禍で加速する高齢者の身体機能の衰え

これからの介護を考えていくうえで欠かせないのが、コロナ禍による影響です。

新型コロナウイルスが日本でも蔓延し、さまざまなことが変わっていきました。

私どもの運営するリハビリ専門のデイサービス、リタポンテでも、発生当時は、さまざまな情報に右往左往していましたが、今は感染症対策をしっかりとりながら、運営を続けています。

ただ、ご利用者さまは重症化しやすい高齢の方が多いため、デイサービスに来るのを本人が拒んだり、家族がやめさせたりするケースが少なからず見受けられました。

そこがとても心配です。

高齢者の身体機能は、落ちやすく、継続的な運動は不可欠です。

うちに来なくても自分でしっかりと身体を動かせていればまだいいのですが、なかなかそれは難しいでしょう。

コロナ渦における最初の緊急事態宣言が発令され1カ月たったとき、施設に来ることができない人たちのために、短時間の運動指導をしに訪問したところ、多くの人の身体機能は著しく落ちていました。

NHKが2021年3月23日に報じたニュースによると、筑波大学大学院の研究グループが40代以上を対象として大規模に行った調査では、2020年11月の時点で外出するのが週に1回以下だった人が、70代で22%、80代で28%、90代で47%にのぼり、外出の機会が大幅に減っていることがわかったそうです。

さらに、17%の人が、自分の健康状態が悪化していると感じています。

運動不足による身体の不調だけではなく、特に高齢の世代では、外出が少なくなったことで、友人や地域の人とのコミュニケーションといった社会活動の機会が減り、認知機能の低下や精神状態への影響も深刻になっています。

60代以上では「同じことを何度も聞いたり物忘れが気になるようになった」という人が27%、「生きがいや生活意欲がなくなった」という人が50%にのぼっていることも明らかになりました。

新型コロナウイルスによる健康被害ももちろん心配ですが、コロナがある程度収束した後、この期間で身体機能が衰えた、認知症が進行したという高齢者が増えないか、気が気ではありません。

新型コロナウイルスは大丈夫だったけど、身体機能が衰えてしまったというのでは、意味がありません。

そこで、弊社では、デイサービスに来づらいという方のために、情報端末を無償でご利用者さまに配り、オンラインでのおよそ1時間の機能維持訓練も行うようになりました。

オンラインでのトレーニングはなかなか高齢者にはハードルは高いかなと思いましたが、特に複雑な操作が必要なわけでもなく、十分に使いこなしていただき、現在も継続中です。

なにかしらのオンラインでの機能訓練でも構いませんし、自宅でできるトレーニングでも構いません。

なかなか外に出られないなら、特に高齢者は、家の中で身体を動かす量を増やして、この状況でも身体機能を落とさないことが、未来のために大切です。

せっかくコロナが収束したのに、身体が弱ってしまって外出できないというのは、悲しいですからね。

ぜひ、毎日少しずつでも、取り組んでみてください。

気がつけば、「老老介護」から「老老老介護」に

■相次いだ入所先でのトラブル

65歳以上の高齢者を同じく65歳以上の高齢者が介護している状態のことを「老老介護」といいます。

これからさらに社会の高齢化が加速していく中で、さらに1つ「老」を加えた「老老老介護」の問題がこれからより深刻になっていく可能性が高いです。

リタポンテのご利用者さまにも、この問題を抱えている方がいらっしゃいます。

渦中にいるのが、島野さん(70代女性・仮名)です。

島野さんの80代のご主人は、進行性核上性麻痺を患っています。

進行性核上性麻痺とは、大脳基底核 、脳幹、小脳などの神経細胞が減って、転びやすい、下のほうを見るのが難しい、しゃべりにくい、飲み込みにくいといった症状が現れる、指定難病です。

初期症状は認知症に似たところもあり、介護負担が増してきたので、島野さんはご主人を老健に入所させました。

老健は基本的には入所期間が3カ月と限られるため、島野さんのご主人は、リハビリをしながらいくつかの老健を転々とします。

そうしたなか、ある老健から戻ってこられると、島野さんのご主人が骨折していたことがありました。

また、別の老健では、せん妄のために、島野さんのご主人が施設のスタッフに暴力を振るうといったことも起きました。

さらに、大量の投薬の影響によって、夜間の失禁が続くようになったことで、島野さんは施設のことを、まったく信用できなくなり、このままでは危ないと自宅にご主人を引き取ることにします。

島野さん自身も、要介護認定の要支援を受け、私たちの施設でリハビリに努めておられました。

そのような状況下で、「要介護5」に該当するご主人を自宅で介護しようと決心したのです。

■今後さらに増える「老老老介護」への備えは十分ではない

島野さんのご主人は寝たきりではあるものの、一言、二言ぐらいは言葉が交わせました。

意思の疎通は図れたのです。

車いすに移る際にリフトが必要な、いわゆる「全介助」の状態ながら、薬の量や種類を調整すると夜間の失禁もいくらか減り、精神的にも随分と落ち着いてこられました。

当初、島野さん自身や周囲の私たちが想像していたよりも、ご主人の介護の負担は軽くて済んだのです。

ところが、そうして島野さんがご主人の介護をする生活が2年も続いたころ、また新たな問題が発生します。

今度は、離れた場所で暮らしていた92歳のお母さんの物忘れがひどくなってきたのです。

そのまま1人にしておくわけにもいかず、島野さんはお母さんも都内に呼び寄せました。

高齢者3人が同居する「老老老介護」生活が始まったのです。

島野さんのお母さんは、日常生活は一通りこなせます。

ただ、話を覚えていなかったり、そのために島野さんとの約束を忘れたりすることがありました。

ご主人と違い、お母さんのほうは身体には問題がなく自由に行動できるため、かえって島野さんは大きなストレスを感じるようになりました。

そうはいっても、お母さんまで寝たきりになったら、大変です。

島野さんは、お母さんと連れだって私たちの施設を訪れ、2人でリハビリに励んでいます。

島野さんのケースのような老老介護、あるいは「老老老介護」は、少子高齢化・晩婚化が進み、未婚率も上昇している現代の日本では、これからますます増えていくでしょう。

課題1.島野さんは、なぜご主人を自宅に引き取らなければならなかったのでしょうか。

島野さんのご主人が老健で骨折し、何の報告もなく不審を感じて引き取らざるをえなかったことなどは、介護保険施設の現状を物語っています。

そして、それは必ずしも個別の老健の問題とはいえず、介護職員への教育、地位や報酬、施設の人員配置の問題までをも含んだ介護制度の不備と運用が、その背景にはあるのです。

課題2.お母さんに認知症の初期症状が現れ始めたことで、島野さんはかなりのストレスを抱えていますが、そうした介護者の精神的負担を減らす体制は整えられているのでしょうか。

介護者の心のケアまで行き届く体制が整えられ、周知されていたら、島野さんはもっと心穏やかに過ごせているはずです。

このような課題に対し、現在はケアマネジャーや各担当事務所とで話し合い、サービス提供による介護ストレスの軽減を図り、3人の生活を支援しています。

6割ぐらいが老老介護といわれる中で、5年間で、50件ほどの殺人未遂を含めた事件が起きています。

もちろん殺人事件のすべてが老老介護のせいだとはいいませんが、弱り切った身体での介護の精神的、肉体的なストレスはかなりのものがあります。

追い詰められ、未来に希望が見い出せずに、「死」という極端な結論にたどり着いてしまうこともあるのではないでしょうか。

やはり、1人だと、そこでしんどくなってしまいます。

だからこそ、適切な介護者に任せるということが大切であり、そのための体制を早急にとらなければならないのではないでしょうか。

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全4章にわたって介護後進国・日本の仕組みや課題を取り上げ、警鐘を鳴らしています

 

神戸利文

三重短期大学卒業。親の介護の実体験がきっかけとなり、「理学療法士によるリハビリテーション」「日本で初めて介護保険分野で受けられるサービス」を誕生させたポシブル医科学株式会社と出会う。生活期のリハビリが不毛不足する課題解決のため、リタポンテ株式会社を設立。「日本から寝たきりをなくすためにおせっかいを科学する」を合言葉にリハビリを中心にした介護サービス事業を展開

 

上村理絵

中京女子大学(現至学館大学)卒業後、関西女子医療技術専門学校理学療法学科(現関西福祉科学大学)を経て理学療法士に。塩中雅博氏のポシブル医科学株式会社の創業を支援し、約10年間でのべ16万人に生活期のリハビリを提供し、そのビジネスモデルの骨格を現場で作り上げてきた。同社退任後、神戸利文とリタポンテ株式会社を立ち上げ、理学療法士の立場から「高齢者に本当に大切なリハビリ」を提供

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『道路を渡れない老人たち リハビリ難民200万人を見捨てる日本。「寝たきり老人」はこうしてつくられる』

(神戸利文,上村理絵/アスコム)

日本では身体機能に大きな問題を抱えたとき、初めて介護認定に向き合います。本来、健康寿命の維持が豊かさにつながるはずなのに寝たきり寸前まで介護を受けられる環境にありません。リハビリを通じて課題解決に取り組むデイサービス経営陣が書き下ろした一冊。

※この記事は『道路を渡れない老人たち』(神戸利文、上村理絵/アスコム)からの抜粋です。

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