私は友人のSOSに気付けたはず。助けることができなかった悲しい記憶

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ペンネーム:マカロン
性別:女
年齢:54
プロフィール:母子家庭で毎日頑張っています。子供は娘が1人。亡くなった友達の子供達と幼馴染です。

※ 毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

◇◇◇

それは私と娘が風邪をひいて、39度以上の高熱を出して寝込んでいた時のことでした。

すぐ近所に住む知人から1本の電話が入ったのです。それは、私の友達のお葬式を手伝えないかというお話でした。同時に、友達が亡くなったことも知ったのです。

考えてみればその数日前、たまたまその友達の家の前を通った時、そこに救急車が停まっていました。私は隣家のことだろうと思いこんで気にしていなかったのですが、それは友達のご主人が呼んだものだったのです。

表向きには事故ということにしていましたが、彼女のお母さんから自殺だったと伺いました。私は高熱でフラフラしながら、涙があふれ出て止まりませんでした。そして、「そういえば最近、話していると言葉の端々に気になることを言っていたな」と、小さなことをたくさん思い出しました。

たとえば家を購入したばかりの彼女に「自分の家があっていいね」と話すと、「この先、ローンを払い続けることができるのかどうか......」とネガティブなことを言ってみたり、突然うちに遊びに来たかと思ったら、「最近、辛い」と言ったり。

何があったのか聞いてみても特に何があったと言うわけではないのです。でも、突然私に会いに来たその時も、表情はいつもと変わらず元気そうなのですが、私の家から帰る時まるで何か言いたそうな雰囲気を出していました。

ですが、恐らく自分からは何も言えなかったのでしょう。そして私も「言いたくなったら自分から言うでしょう」と思って、何も聞かなかったのです。

今から思えば、それは彼女を救うチャンスだったかもしれません。そして、それに気付いたのは、もう彼女がこの世を去った後。「引き留めて、もっとちゃんと聞いてあげればよかった」と、泣きながら何度も何度も自分自身を責めました。ですが、どれほど泣いても、もう彼女は帰ってきません。

亡くなった友達の第一発見者は、彼女の小学1年生の娘さん。彼女には2人の子供がいて、1人は6歳、もう1人は3歳でした。

その後、小1のお子さんが精神的に不安定になったのは言うまでもありません。学校に行っても誰とも口をきかなくなり、殻に閉じこもっていきました。

子供たちをうちで預かることもありましたが、お姉ちゃんの言動に悩むこともしばしば。みんなでお絵かきをした時に、お姉ちゃんだけおかしな絵を描いていたのです。例えば、両目に矢が貫通して血だらけになった人の絵など。お姉ちゃんの心の闇は本当に深く、何年も何年もかけながら自分を取り戻しているようでした。

来年は成人式のお姉ちゃん。表面上だけ見れば他の女の子と変わらず、普通にオシャレを楽しんでいます。ですが、自分の人生に期待を持てない、夢を持つことができない感覚はまだまだ根強く残っているようです。

私が亡くなった友達に対してできる唯一のことは、この子たちの成長を見守っていくこと。今も、友達を救えなかった事を後悔しながら、彼女の子供たちとの時間を大切にしています。

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