こんにちは山田あしゅらです。
義両親の在宅介護の様子を嫁の目線で綴った ブログ『13番さんのあな―介護家庭の日常―(現・13番さんのつぼ)』。
ここに書いてきた13年間の記録をもとに今の気持ちを織り交ぜつつ、改めて当時のことを振り返ってみようと思います。
【前回】「次男の俺はカンケーねぇ」年に一度しか来ない義弟に「実親」の状態を見てほしい/山田あしゅら
兄弟間で親の介護の情報交換が大事なことは頭では分かっていても、わが家の場合、それは思うほど簡単なものではありませんでした。
一緒に暮らしつつ、主になって介護に携わる側と、離れて暮らし、元気な頃の親のイメージだけが残っている側。
二つの間には大きな溝があり、介護の度合いが進むほどその溝は深くなっていったように思います。
今では夫の弟よしおさんとの唯一の接点となったお正月も、事前に都合を聞こうと連絡しても
ずいぶん対応は素っ気なく、避けられているようにも感じてしまいます。
親の話をしたくとも、なかなか話は進まないのです。
かつては「いっそ、よしおさんちで二人まとめて面倒みてもらおうか」などと夫婦で腹立ちまぎれに言っていたこともありました。
しかしあれからますます衰えが進んだ義両親を、現状の介護がいかなるものか知る気もない相手に託したとておそらく良い方向に事は進まないでしょう。
相手に対する期待は大きくなれば大きくなるほど外された時のショックも大きくなります。
介護の毎日に疲弊している上に余計な感情を背負う余裕はありません。
いつしか諦めとともによしおさんの存在は薄く薄くなっていきました。
さて、いよいよ問題のお正月。
何度か電話攻勢をかけた結果
よしおさん一家の新年来訪は4日に決まりました。
義母の介護ベッドをリビングに移した中で迎えた前年のお正月は、やや窮屈な思いをしながらの食事会となってしまいました。
それに懲りたかどうなのか...
食事はしないで顔を見せたら帰ると言います。
ちょうど来訪日の4日は義母の誕生日です。
(よしおさんがそれを覚えていて4日と言ったかどうかは定かではありませんが)
としお氏ナイスアイディア。
本人はとうに
こんな状態ではありますが、家族勢ぞろいでお祝い出来るのは嬉しいことです。
言いたいことは胸まで詰まっているけれどせっかくのお正月。
笑顔で過ごしたいですものね。
...それにこんなふうに皆で集まることもこの先ないかも知れない。
そう思ってグっとこらえちゃう私たちではありましたが
次の年もその次の年もまたまた次の年も...
こらえきれないお正月を迎えることになろうとは一体誰が予想しましょうや...。
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