父の介護で数十年ぶりに同居した妹との関係

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ペンネーム:八知
性別:女
年齢:53
プロフィール:3年前に87歳の父を看取りました。旅立つまでの数カ月、私と母と妹で介護をしてきました。2歳違いの妹(47歳)とは大変仲の良い姉妹でしたが、いざ介護を始めるとお互いに目に見えないストレスを抱えるようになりました。

※ 毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

◇◇◇

いまから3年前、次第に弱ってきた87歳の父が、若干の認知症もあったため、デイサービス通いや通院を繰り返していました。両親と実家で同居していたのは自分(独身)だけで、同じく独身の兄と妹はそれぞれ他県で一人暮らしをしていました。

兄は数十年前から実家に寄りつかず、連絡をしてくるのは金の無心の時だけで、到底あてにできません。一方、妹は遠くに住んでいましたが仲良くしており、父が倒れたときもお願いするとすぐに仕事を辞めて実家に帰って来てくれました。

要介護4の父に対し、妹は身の回りの世話や料理、洗濯、お風呂の介助などとても献身的に動いてくれ、父自身も感謝していました。

でも、妹と私は高校卒業時からほぼ離れた暮らしをしており、同居したのは数十年ぶりのこと。今になって思えば、同じ屋根の下での暮らしは、お互い知らず知らずの内にストレスを溜めていたのかもしれません。

要介護4の父、父の世話で気持ちに余裕がない母、このように大変な状況だったのもあり、姉妹でささいなことでの喧嘩が増えてきてしまいました。
例えば、私は仕事が忙しく、帰宅後のわずかな時間でやることをさっさとやってしまいたいタイプなのですが、そんな中妹がのんびりと夕食の支度にとりかかっているとイラッとして文句を言ってしまいます。そんな私に妹は「お姉ちゃんのようにすばやく要領よくできない」と言い返す、といった具合です。

妹にしてみれば、慣れない土地で精いっぱいやっているつもりなのに文句を言われる、仕事も辞めて戻って来たのに、姉や母親には明確に感謝されるでもなく、終わりの見えない介護の手伝いです。いま考えると、これでは、ストレスが溜まるのは当然だと思います。

ある日、ついにトイレに閉じこもって泣き叫ぶという手のつけられない状況になってしまいました。でも私は、ただでさえ父が大変な時なのにとうんざりしてしまい、近所迷惑なので大声を出さないでと言い、これに「妹の事より世間体か」とキレられてしまう始末。母に相談すると「あなたが実家に呼び戻したのだから、あなたが我慢して」と言われました。
妹と話し合い、いままでの差し出がましい態度を詫びました。妹もヒステリックになってしまったことを自覚していたようで、ひどい態度をとってごめんなさい、と言われました。

その場はそれで収まったように思われましたが、結局その後決定的な大喧嘩をしてしまい、別居することになりました。直接的なきっかけは、私が父の介護のストレスで感情を爆発させてしまったことでした。妹と決定的な仲たがいをしてしまったストレスで私は帯状疱疹を発症してしまい、しばらく投薬治療をしなければいけませんでした。

いまになって思うのは、病院への送り迎え、家事、と様々な実務を分担してこなすことで、みな精一杯だったということです。家族なのだから、本当はもっと精神的な支えあいを意識すればよかったのかもしれません。お互い身も心も疲弊して仲違いをしてしまいましたが、早いタイミングで感じている辛さや不満を話してみていれば、深刻な状態になる前に解決策が見出せたかもしれません。母の前では気丈な長女を演じている私にとって、妹は貴重な相談相手になりえたのに、と、今となってはもっと素直に妹を頼ればよかったと後悔しています。
それでも数ヶ月間、久しぶりに家族揃って同じ部屋で寝起きした日々はとても貴重で幸せでした。

あれから3年が経ち、いまは妹と仲良く互いの家を訪ね合うまで関係は戻りました。将来母の介護をする日が来るかもしれません。今度は仲違いせず、母と妹と共にありたい。今はそう強く思っています。

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