<この体験記を書いた人>
ペンネーム:ウジさん
性別:男性
年齢:60
プロフィール:子どもたちの夏休みのお楽しみと言えばプール。我が家の子どもたちも、夏は裏表の区別がつかないほど焼けていました。
子どもたちが小学校の頃ですから、15年ほど前の話になります。
夏休みの定番は学校のプール開放ではないでしょうか。
我が家のような田舎町では、夏休み中、唯一のレジャーといっても過言ではありません。
夏休みのはずなのに、ほぼ毎日通学しているような有様でした。
我が家の子どもたちが通っている学校は、保護者が輪番でプール監視の手伝いをする決まりでした。
もちろん、学校の先生も交代で監視していますし、アルバイトの学生さんもいます。
手が足りないわけではないのですが、子どもたちを遊ばせている以上、PTAとしての責任感で取り組んでいる活動でした。
しかしながら、先生やアルバイトがいるわけですから、保護者はあまり真面目でないことがほとんどでした。
何となくテントの下でおしゃべりに興じているお母さん方がほとんどで、正直あまり役に立ってはいなかったと思います。
私は当時、教育委員会に勤めていたこともあり、PTA活動に参加するための有給休暇取得に職場の理解を得やすく、父親としては珍しくこの活動に参加していました。
お母さん方とのおしゃべりにも馴染めないので、当番の日は真面目にプールサイドに立って監視をしていました。
あの出来事が起きたのはとにかく暑い日でした。
私は先生にお借りしたパラソルの下に入っていましたが、2時間ほどの見守りは結構ハードです。
首にかけたタオルで汗を拭いながら、楽しそうに遊ぶ子どもたちを眺めていました。
「はい、終了です。皆さんプールから上がってシャワーを浴びましょう」
先生の声がかかって、子どもたちはわらわらと水から上がり始めました。
やれやれと思って歩き始め、首から外したタオルを一振りした時です。
「痛ぁっ!」
恥ずかしいほどの悲鳴を上げてしまいました。
ふくらはぎに経験したことのない激痛が走ったのです。
何事かと見てみると、ふくらはぎが見たことのないほど赤くなっています。
「うわあ、こりゃひどい日焼けですね」
驚いて駆け寄ってきた先生が顔をしかめました。
監視の間、私は背中から日を浴びている形でした。
お借りしたパラソルのお陰で日陰になっていましたが、ふくらはぎだけはずっと直射日光を浴びていたのです。
まさに頭隠して尻隠さずというわけです。
暑い日だったので短パンを履いていたのも災いしました。
いざ痛みを感じ始めると、歩くのもままなりません。
保健の先生があわててやってきて、保冷剤で冷やしてくれました。
ほぼやけど状態のふくらはぎでしたが、冷やしたおかげで(感覚をなくすほど冷やして麻痺したのかもしれませんが)かろうじて歩けるレベルになりました。
それでもビリビリする痛みを感じながら帰宅しました。
家に帰ったものの座るのも一苦労で、正座やあぐらなどふくらはぎが触れるような座り方はできません。
風呂は入るのは想像しただけで恐ろしく...。
シャワーも水が当たる衝撃に耐える勇気がなくあきらめました。
寝るときも仰向けには寝られず、3日ほどはうつぶせ寝で過ごすことに。
翌日以降の仕事も大変でした。
「ずいぶん熱心に取り組んだんですね」
事情を話したところでそんなふうにからかわれました。
あまりの痛みにスラックスははけず、対人する業務には当たらない条件で、2日ほどは短パンで仕事をしました。
「究極のクールビズですね」
なんて揶揄されながらの日々でした。
4日目からは痛みは治まりましたが、今度は猛烈なかゆみが襲い、見るも無惨なほどぼろぼろに皮が剥けました。
夏の太陽の力を侮った我が身を恥じ、それ以降は海水浴でも長そで長ズボンを通すようになっています。
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