亡くなってからでは遅い。恩返しできないまま見送った義父に伝えたい感謝

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ペンネーム:いずなぎぢ
性別:男
年齢:52
プロフィール:妻、子供2人、孫2人の52歳の会社員です。高卒から同じ職場に36年勤務しています。

※ 毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

◇◇◇

私と妻は職場結婚です。妻は私が20歳の時の新入社員で、そのまま交際、結婚現在に至ります。結婚が早かったので今私は52歳ですが、2人の孫がおります。
私の義父、つまり妻の父親は、私の孫を(義父にはひ孫にあたる)2年しか見ずに他界しました。72歳、死因はガンです。
義父は私の子供2人を物凄く可愛がって、小さな農機具会社の経営者だということもあって色々な援助もしてくれました。子供たちも「じいちゃん」と懐いて頼りにしていました。 それがつい先日ガン療養中に突然他界、親族はみな突然すぎてあっけに取られた状況でした。

私は若くして結婚したのもあり、子供が生まれた25歳くらいの頃は自分中心、とにかく自分の時間が大事で、子育てにもあまり身が入っていませんでした。当然義理の父や妻の実家など見向きもせず、日々むりやり自由を謳歌していたのです。そんな私を「若いから仕方ない」という感じで、妻の実家の人たちは許してくれていました。義父も当然40代後半で自由を謳歌していたと思っていたのですが、その陰では黙々と我が家や孫のフォローに立ち回り、自分のことよりひたすら「人」のために生きていてくれていたのです。口には出さずさりげなく人のために何かできる人間って、そうそういないのではないでしょうか?

私自身母子家庭であったので、なおさら我が家のために愛情をそそいでくれたのではと思います。それが今になって、他界してからありがたみが痛いほど感じられるのです。悔しいことにいなくなってから、なのです。

失って初めてわかる親のなんとか......とよく言いますが、こんなに真正面からそういう気持ちに直面するなど想像も付きませんでした。
つまり私は、義父になんの恩返しもしないまま他界されてしまったのです。悔しくて悲しくて。「いなくなってからじゃ遅いんだよ」なんて他人に諭していた自分もいたりしたので、恥ずかしさで言葉も出ませんでした。妻は亡くなった際も割と気丈なほうだったので、しっかり父親を送っていました。

そんな妻も亡くなった義父も尊敬するし、義父には何より感謝です。思いやりが豊富にあった義父は、自分には無い包容力と穏やかさと優しさがぎっしり詰まった、とても真似できない尊敬するしかない存在でした。

ただ、「子供2人が生まれ孫の顔を見せることができ、その子供が生んだひ孫の顔を見せることができた。それ自体恩返しになっているんだよ」と、ある人の言葉で少し楽になりました。笑った、這った、しゃべった、立った、歩いた、これだけで充分親孝行になっているんだそうです。
偉大な存在であった義父、これからも私は義父を尊敬し感謝し続けるでしょう。
そして私の目標は義父。義父のような人間になりたいと思います。

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