ああ情けない...亡き母の部屋を土足で踏み荒らし、遺品を漁る弟/かづ

アメブロで「~こんな事を言っちゃあなんですが!~」を運営しているかづと申します。現在は夫婦二人と3ニャンとで暮らしています。今から20年以上前、私の嫁時代の体験を思い出しながら書いています。

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納得のいかない所も多々あったが、なんとか母の葬儀が終わった。

そこで問題が起こるのが、お骨をどうするかだった。

私は共同墓地に合祀して貰うつもりだったが、弟達は父の入っている墓に入れれば済む話だと言い出す。

ただでさえ父と母は離婚して他人になったのだし、あれだけスッタモンダ揉めていたのだから、お骨になってから一緒の墓に入る事になんて私ならとんでもない話だ。

けれども一口に合祀と言ってもタダでは無い。

幾ばくかのお金は必要になる。

恐らく弟達は私にその負担をさせたくなかったのか、はたまた自分達にいくらか請求されることを恐れてなのか、とにかく「墓があるんだからそこに入れればええやろ」の一点張り。

もう私も母に対して、そこまで自腹を切ってまでお骨を合祀する気が失せた。

父にすれば遺憾だろうが、こっちにしてみればこれほど迷惑掛けられてるんだから、それこそあの世で反省しろよとも思った。

葬儀の翌日、福祉から早急に母の部屋の明け渡しをするように言われたので、遺品整理の為に母宅に行った。

母の家は泥棒でも入ったかの様に、アッチもコッチも開け放たれて荒らされていた。

母宅があまりにも荒らされていたので驚いたが、父が亡くなった直後に上弟が貴金属を取りに自宅に入り込んでいたのを覚えていたので、すぐさま上弟に電話を掛けた。

上弟は知らないと言ったが、今から手伝いに行くと言う。

私にしたら取る物も別に無いしと思っていたので、今からではなく日にちを合わせて上弟に来て貰う様に言った。

約束した日、上弟は何故か軽トラックを用意していた。

私が母宅の鍵を開けて入ると、上弟は何の躊躇も無く土足で上がりだした。

「ちょっ、ちょっと! 靴脱いでよ!」

驚いて上弟にそう言ったが、

「どうせ明け渡すんやろ! 汚れとってもかまへんやないか!」

と言って、そのまま土足でズカズカと歩き回った。

上弟はどこに何が有るのかあらかじめ知っていたかのように、手際よくテレビや衣装ケースなどを運び出し、軽トラックに積み込み出した。

私は以前、母が貴金属入れをタンスの奥にしまい込んでいたのを思い出し、上弟が軽トラックに荷物を運び込む為に部屋を出た隙に自分のバッグに隠した。

上弟は土足のままで、本当にどこに何が有るのか知っている様子で次々と物を運び出すので「ここに来た事あるの??」と聞くと、驚く事に何度も何度も来た事があるそうだ。

その時に合鍵を貰っていたらしい。

母に小遣いをせびりに来ていたのか、むしろ母が呼びだしたのかもしれないが、要は上弟とはずっと続いていたのだろう。

想像でしかないが、母のこの荒らされた室内からして、上弟が母が亡くなったとの連絡を受けてから到着に時間がかかった理由はこれだったんだろうと私は思った。

上弟がリサイクルショップに売りに行くと言って、軽トラックに乗って出て行った。

私が居ない時に家電などの大きいものを勝手に運び出してしまうと「空き巣」かと後でめんどくさい事になると考え、私がいる時にやれば堂々と運び出せると思ったのではないか。

土足で部屋の中を歩き回り、アッチコッチ引っ掻き回す上弟を見ていたら、情けなさで力が抜けた。

それでもその日中に荷物を整理さえすれば、後の残りは福祉が全部片付けてくれるというので、母の思い出の物や写真なんかも全て持って出なかった。

こんな事を言ってはなんだが、母の物を見ながら思い出す事など、それこそ今まで散々やられた事ばかりが先に来る。

たまに思い出される親子の良い思い出が余計に情けなさを倍増させるので、母の物を持ち出したいとか思い出に何か持っておきたいとは思わなかった。

むしろ、このドアを閉じて鍵を閉めたら母との全てが終わるんだと、これから楽になるという思いで一杯だった。

母の病院への支払いは、たかが8万円程度かも知れないが、当時は家計的にもいっぱいいっぱいだったので、すんなりと支払う事に納得が行かなかった。

病院の事務長と福祉の担当さんと、その件に関して何度も話し合いをした。

けれども福祉の担当さんからは、毎月の保護費はきちんと支給されていたので、本来母が今回の入院に関して私的に使ったT字帯であったりティッシュペーパーなどの消耗品はそこから支払って貰うべきものだと言われた。

だが、母が何に使ったのか、はたまた上弟に貢いだのかは分からないが、結局のところ受給した保護費は全く残っていなかった。

福祉の担当さんからも病院からも、娘であり書類上身元引受人になっていた私に請求するしかないと言われ、病院の事務長からは弁護士を立ててでも法的に請求しますとまで言われてしまった。

葬儀の時に弟2人にも言ったが、少しでも出そうかと言わなかった事で父の遺産を放棄した事に少々後悔したが、とにかく終わりにしたかったし、こんな弟達なんだと諦めた。

病院とは、3回の分割払いにして貰う事で話がついた。

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
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かづ

​ブログ「~こんな事を言っちゃあなんですが!~」の管理人で、Ameba公式トップブロガー。 ​基本専業主婦の​50代​。子育てが終​り、​夫と4ニャンと暮してい​る​結婚36年目です。 ​一人っ子の夫と結婚し、舅姑の理想の嫁でなかった私の結婚生活においての戦いを思い出しながら書いています。

※毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

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