<この体験記を書いた人>
ペンネーム:ひろえもん
性別:女
年齢:57
プロフィール:3匹のネコと夫と海辺の街でのんびり暮らす普通の関西のおばちゃんです。
約25年前、私が32歳、夫が28歳で、ただの同居人だった頃、友人が1匹の黒猫の赤ちゃんを連れて来ました。
母猫はトラックに轢かれてしまったそうです。
私たちはスポイトでミルクをあげたり、濡れたコットンで排泄を助けたり、森に散歩に連れて行ったりして、子猫育てに励みました。
野球帽に入る、ちっちゃなおてんば娘。
最初はちょこまかして心配でしたが、お散歩に連れて行ったところ雨が降り始めたため、帰ろうかと踵を返したとき、私たちの後を「ミーミー」と鳴きながら必死で追いかけて来たのです。
「また捨てられるの?」という危機感を抱いたのか、ピッタリついて来るようになりました。
そして危ないと感じたときは、夫の肩にサッと飛び乗るのです。
その子が1歳ぐらいになったある日、アパートの電気メーターから煙が上がりました。
当時の家は135平方メートルの3部屋で、夫の寝室は一番奥なので玄関のメーターの異変に気付かなかったのです。
ましてや、夫はなかなか起きないタイプだったのですが、その子は必死で夫の胸をカリカリ引っ掻いて起こしてくれたのだといいます。
夫が目を覚ましたときには、あたりは煙だらけ。
幸い、火が出る一歩手前で対処したので大事には至りませんでしたが、そのまま寝ていたら夫は死んでいたかもしれません。
また、とても勇気のある母猫でもありました
避妊手術をする前に1回だけ子どもを産んだのですが、3匹の子猫を引き連れて森に行ったある日、ラブラドールがこっちに向かってダッシュしてきました。
次の瞬間、彼女はラブラドールの鼻にかみついてぶら下がっていたのです。
飼い主さんも駆け寄って来て「驚かせてごめんなさい! この子、猫が好きなんで」
誤解された猫好きのラブラドールくんは寂しそうでした。
普段なら森で犬とすれ違っても素知らぬ顔なのですが、その日は子猫たちが襲われると思ったのか、自分の身を顧みず命がけで守ったのです。
その後、赤ちゃんたちはハチワレの男の子を1匹だけ残して、優しい里親さんに元気に引き取られていきました。
そしてアパートが全焼する大惨事になった2度目の火事のときです。
原因は向かいの部屋のガス爆発。
目が覚めたときには、部屋に煙が充満していました。
とりあえず夫を叩き起こして2匹を探しましたが、どこにもいません。
警察官に早くアパートから出ろと促され、消防の電話で教えてもらったように部屋を出る時に濡れ雑巾を玄関のドアの下に詰めました。
あの子はもしかしたら、さっきドアを開けたときに逃げたのかもしれない、生きていてくれと願いながら、やむなく避難しました。
消防署のアドバイスのお陰で、階段とドアの表面は真っ黒な炭と化していたにもにもかかわらず、奇跡的にも私たちの部屋の中には火が入りませんでした。
火は結局4時間も燃え続け、鎮火後に5分だけ部屋に入れることになりました。
すると、いなかったはずのベッドの下から、その黒猫とハチワレの息子がのそのそ出て来たのです。
子猫は怖がりでパニックになるタイプなので、おそらく母猫が安全なベッドの下に誘導したのでしょう。
一酸化炭素は上に行くので、低い場所にいた方が安全だということを本能で判断したんだと思います。
下手にウロウロしていたら煙を吸い込んで死んでいたと思います。
彼女はもう亡くなりましたが、私が人生で出会った中でもっとも知恵と勇気があった、尊敬すべき猫でした。
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