<この体験記を書いた人>
ペンネーム:こまめ
性別:女
年齢:49
プロフィール:夫婦2人暮らしの在宅パート主婦。日々節約生活を満喫しながら趣味を楽しみ、貯金大好きな49才。
2015年、当時43歳の私が勤めていた会社の先輩(女性・55歳)は、気に入らないと返事もしなくなる、なかなか困った性格の人でした。
返事をしないだけならば耳が遠いのかなと思うだけですが、悪口・かげ口・うわさ話が大好きで、口から出るのは会社への不満ばかり。
周りは極力関わらないようにしていました。
しかし、私は内勤な上、隣の席で逃げ場もありません。
毒しかないその人を、私はずっと尊敬できませんでした。
そんなに待遇が不満なら転職すればいいのに...。
不平不満を言うばかりで、会社に貢献する気がない先輩は、雇ってもらえるありがたみを全然分かっていません。
そのくせ、上の立場の人がいるときは手のひらを返したように媚を売るのです。
別人格になったかのような姿は違和感しかありませんでした。
そんなあるとき、社長の息子が入社しました。
創業者一族の直系で、入社前に畑違いの会社で社会人経験を積んでからの入社でした。
若いこともあり、最初は古参の社員に甘く見られていましたが、徐々に頭角を現し、さまざまな社内改革を行って会社の業績も上昇。
そうして社長に就任されました。
穏やかながらも言うべきことははっきり言う、曲がったことや卑怯なことが大嫌いな若社長。
先輩は当時55歳、若社長は38歳。
親子ほど年の離れた相手にいろいろ注意されて気に入らなかったのか、先輩は若社長への返事もしなくなったのです。
「聞いてるんですか?」
「......」
「返事ぐらいしたほうがいいんじゃないですか?」
「......」
最初は穏やかに話していたのに、若社長の口調がどんどんキツくなっていきます。
よっぽど腹に据えかねたのか、若社長がついに言ってしまいました。
「もう顔も見たくない!」
「......」
「明日から来なくていいですよ」
まるでコントのようでした。
私は「なんだこれ...」と思いながら、張りつめた空気の中そのまま仕事をしました。
結局その日、先輩は就業時間終了までそのまま無言でした。
先輩が先に帰ったあと、社長から「嫌な思いさせてすみません」と謝罪され「いえいえこちらこそ仲裁できずにすみません」と返しました。
お互い苦笑いです。
もう来なくていいと言ったけれど、正社員1人解雇するには、正当な理由がなければならず、返事をしないくらいでは無理なことは社長も先輩も分かっていました。
翌日、先輩は何事もなかったように出社して来ました。
ですが、その日を境に先輩は社長からどんどんキツく当たられるようになり、そのストレスの矛先は全て私に向けられるようになったのです。
とにかく先輩から無視される毎日。
上の意向で先輩1人が担当だった業務も手伝うようになり、ゆくゆくは私と後輩で全て引き継いでいってほしいと言われました。
毎日悩みながら、なんとか仕事をこなしていましたが、ある日、仕事で先輩が大きなミスをしたのです。
ストレスも相当あったと思います。
あれだけツンツンしていた人が、社員ひとりひとりに頭を下げている姿を見て、栄枯盛衰を感じました。
ほっとしたのが、社内で収まるミスだったことと、私と後輩はまだタッチしていない業務だったことでした。
その後、しばらくして私は結婚退職し、お世話になった会社を去りました。
先輩から辞めないでと泣かれたときには、本当に驚きました。
後日、先輩と偶然にも再会しました。
先輩はとても喜んでくれましたが、静電気で髪がボンっと広がり、いつも綺麗にお化粧していた人なのに、肌もボロボロ。
いろいろ大変なんだな...と感じました。
人間なんだから、表も裏もあって当然だと思いますが、もしも先輩がどんな相手にも尊重する心を持ち、感謝する人だったなら、違った結果になったと思います。
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