叔母夫婦の姿に学んだ。介護は"する"側だけではなく"される"側もストレス

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ペンネーム:あめゆじゅ
性別:女
年齢:55
プロフィール:一昨年の秋に認知症でパーキンソン病をもった父(86歳)を呼び寄せて暮らしています。

※ 毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

◇◇◇

隣の県に住む私の叔母は73歳。母の兄弟姉妹の一番下になります。高齢化社会にあっては「まだ74歳」なのですが、パーキンソン病がありそのうえ腰が随分と曲がっています。腰は痛みを伴っているようで、その為に家事一切が出来なくなってしまいました。それでも介護認定は要支援1。杖を使って歩けますが1人で外出するのは難しくなり、叔母が出かける時はいつも叔父が付き添っています。

そんな中、関西で一人暮らしをしていた私の父が認知症になったため、ここ関東に呼び寄せたこともあり、叔母夫婦がわざわざ会いに来てくれました。

私が叔母と会うのは2年ぶり。叔父と会うのは母が亡くなって以来でしたから9年ぶりくらいでしょうか。叔父は叔母より年下なので70歳です。

久しぶりに会った叔父は、まるで機関銃のように次から次へと話を始めます。叔母の病気のこと、介護認定のこと、叔母に代わって家事をしていること、叔父は今も委託で仕事をしているので仕事の話のことなど...。

叔母が話をしようとすると、その上から畳みかけるようにして叔父がしゃべり続け、叔母には話をさせません。そんな様子から叔父の溜めているストレスの大きさが見えるようでした。

行き場のない気持ちをどこに持っていけばいいのかわからない、そんなジレンマさえも感じます。

そんな叔父の様子に対し、次第にアンニュイな表情になる叔母。久しぶりに会った喜びの笑顔がどんどん曇っていきます。叔母は「夫(叔父)がよくやってくれるから助かっている」そんな感謝の気持ちを述べていましたが、叔母の心の中に感謝とともにのしかかる何かがあるのを感じます。四六時中こんな叔父と一緒にいる生活を想像すると、叔母もきっとストレスフル。叔母の気持ちも行き場を失っているようでした。

その二人の様子は、かつての私の両親の姿と重なります。体の不自由な母と元気な父。父はよく母の介護に対し「愛はないけど情があるから世話をしてやっている」そんなことを言っていました。長年連れ添った夫婦ですから第3者にはわからないことも多いでしょうが、夫婦二人っきり、向き合う場所はそこしかないというのは私なら苦行です。

介護はしている方ばかりに目が向きがちですが、実はされている方も随分とストレスを抱えているのではないかと思うのです。叔母の様子をみていると、体は思うように動かないし痛みもあるという身体的なストレス、好きなところにひとりで自由に出かけることができない空間的なストレス、そして介護される立場にある精神的なストレス。

叔母夫婦を見つめながら漠然とそんなことを考えていると、叔母が叔父に「さあ、そろそろ行きましょう(帰りましょう)」と。電車1本で来られるとはいえ、2時間近く不自由な体をおしてきてくれたのにわずか2時間ほどの滞在でした。

私も父を介護しています。介護しているとどうしても余裕がなくなり、自己中心的になります。いつも一緒にいるので嫌になることも多々あります。でもそれは介護される側も同じかもしれません。

叔母は、私が小学校低学年くらいまで一緒に暮らした家族です。私の産後のお手伝いにも来てくれたりして本当にお世話になりました。そんな叔母だけに、介護されストレスを感じているであろう姿に心を痛めています。

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