<この体験記を書いた人>
ペンネーム:ウジさん
性別:男
年齢:59
プロフィール:若い頃は結構バンド演奏などしていましたが、最近いつの間にか錆びた弦で指を切りました。
「カセットテープなんて、まだ聞く人がいるんだな」
4月の休日、朝の情報番組を見ていたら、最近若い人の間でカセットテープの人気が再燃しているという特集をやっていました。
「メタルテープ、懐かしいなあ。高くて手が出なくてさ、おれはせいぜいクロームテープだったなあ...」
妻(56歳)に話しかけながら、ほろ苦い思い出が甦りました。
40年も前のこと、私は意気盛んな大学1年生でした。
サークル活動は楽しみの一つでしたが、聴く専門だったくせに軽音楽サークルに入ってしまいました。
決心した理由は、勧誘していた先輩女子のAさん(当時20歳)がなんともかわいい人だったからです。
「ええ? 楽器できないの...まあ、大丈夫。わたしも大学入ってからだから」
「そうなんですか。教えてください」
「まだ教える所までは至ってございませんのよ、ホホホ...」
新歓コンパではうまくAさんの隣の席をせしめて、とりとめのない話題で盛り上がっていました。
「音楽は好きなんですよ、聴く方ですけどね」
「へえ、どんな曲を聞くの?」
「えっと、フォークロック系が多くて、オフコースとか...」
「私も同じ! いいよね、海外だとサイモンとガーファンクルが好き!」
「いいですよね! テープならあります」
「えっ、ほんと? わたし、シングルしか持ってなくて」
「FMの特集をエアチェックしたんで、大体そろってますよ」
「うわあ、聴きたい!」
あれよあれよという間にテープを貸す約束が出来上がっていました。
「これ、よかったあ!」
しばらくして、貸したテープを返してもらいました。
可愛い袋に入ったテープを受け取った私は浮かれていたのだと思います。
「じゃあ、ほかのも聞きます? オフコースの最新アルバム、ダビングしてありますけど」
「うわあ、すごい! ぜひ!」
「じゃ、明日持ってきますね」
そう言ってその場は別れました。
アパートに帰って袋を開けると、貸したテープにはかわいい手描きイラストのラベルが掛けられていました。
さらに手紙が添えられていて、貸したテープについて、お気に入りはどれだとか、最後の曲は自分でも演奏してみたいとか、びっしりと感想が書かれていました。
サークルではAさんのバンドに混ぜてもらったので、下手くそながらセッションを楽しんでいました。
練習のたびに手持ちのテープからおすすめを貸してあげたのですが、そのたびに、かわいいラベルと熱っぽく語る感想の手紙が添えられてきました。
手描きラベルのテープは半年ほどで10本を超えました。
毎回熱っぽく、また私への感謝の言葉がちりばめられた手紙も束になってきました。
「なんかラブレターみたいだな...」
私はAさんが自分に特別な感情を持っているものと信じ込んで、天にも昇る気分で過ごしていました。
そんなある日、バンド仲間(当時19歳)から「これいいから聴いてみろよ」と1本のテープを手渡されました。
「ああ、サンキュー...って、これ...」
差し出されたテープには、見慣れたファンタジー調イラストの手描きラベルがかかっているではありませんか!
「おい、このテープ、もしかしてA先輩に...」
「ああ、Aさん、イラストうまいよなあ」
聞いてみると、Aさんは誰から借りたテープでも得意のイラストでお礼替わりのラベルを作って返しているとのことでした。
「へえ、そうなんだ...」
「お前もよく貸してたよな、Aさんに。すげえ詳しく感想書いてきたりしなかった?」
「え?」
「なんかさ、感想を書くのも趣味らしいぜ。評論家みたいにさ...あんまり熱く書いてあるから、おれ、ちょっと引いちゃったよ...」
バンド仲間の話をどこか遠くに聞きながら、勘違い野郎の我が身は消え入りたいほど縮んでいました。
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