50年分のモノであふれた実家の片付けを専門回収業者に依頼したときのこと

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ペンネーム:あめゆじゅ
性別:女
年齢:55
プロフィール:昨年の秋に認知症でパーキンソン病の父(86歳)を呼び寄せ、親子孫の三世代で暮らしています。

※ 毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

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一昨年前のことになります。一人暮らしをしていた父の認知症がわかり、我が家に呼び寄せたのですが、その時の実家の片付けのエピソードを紹介します。

実家は2階建て5LDKの木造家屋。四畳半の部屋が3つもある昔のつくりの家です。それでも私が幼稚園の頃に建て替えたのですから、築50年でしょうか。ちょうど建て替えたころに祖父が亡くなり、祖母と叔父・叔母、父と母と私と兄という7人で暮らしていました。

ひとりずつ居なくなり、母と父が二人で暮らした期間は30年ですが、7人が暮らした痕跡とでもいう私物がいくつも残ったままでした。

母は洋裁に華道に茶道などいろいろとやっていた人ですから、そのための道具がたくさんあり、それだけでなく戦時中にモノがなくて苦労した経験から、簡単には捨てないでいつか使えると置いておくようなところがありました。

父は父で様々な種類の本がたくさんあり、定年後に教室をひらくつもりだったのか書道の道具も山のようにありました。

親の家は関西、私と兄は関東。場所が離れているため、通いで片付けることなんかできません。そこで、すべて業者任せにすることにしました。

インターネットで調べると業者にもいろいろあることがわかり、家の間取りや広さなどから見えてきた相場は50万円。ネットで関西エリアの業者を数社探し出してメールで連絡し、兄に都合のいい時に実家に戻ってもらって見積もりを取りました。

作業後に追加料金が発生しないことなどの確認を取り、見積もり40万弱で出してきたA社に決定。業者からの要望は、個人的な写真やビデオ、現金などは残さないようにしてくださいと言われただけで、冷蔵庫の中身が残っていようがあとは構わないとのこと。お仏壇の閉眼供養を父の菩提寺の僧侶にお願いし、引っ越し4日前からは私が実家に戻って作業日まで父の荷物のピックアップです。

作業当日は兄に立ち会いをお願いし、私と父は居ても邪魔になるだけだからと車を借りて父の実家へ最後のお墓参り。

あとで兄から話を聞くと、朝の9時に6人の作業員がきて午後4時前には作業終了。袋に入るような大きさのものは、機械的に燃えるゴミ・陶器ごみ・金属ごみなどに分別して投入し、2台の回収車が何度も往復。タンスなどの木製の大型家具はその場で作業員が解体し、ひとまとめに。冷蔵庫やクーラーなどの大型家電は2トントラックに積み込み。そんな風にして50年分のモノがあっという間に片付いていったといいます。

兄からごみの袋が家の前に山積みにされた写真を見せられた時、こんなにたくさんのモノが、かつては必要とされて家にあったのかと思い、何だか切なくて鼻の奥がツンです。趣味の道具などは特にそうでした。母や父にとっては価値のあるものでも、私や兄にとっては無用の長物。その時に必要とされて使われたのだからそれでいいことにする、そんな風に割り切って考えました。

華道や書道などの道具は誰かが使ってくれればずっと使えるものですが、遠隔地に住む私たちが限られた時間で引き取り手を探すのは困難。見るからに高そうな茶道の道具だけ回収するので精一杯です。これだってこれから先、私が使えるわけでもないのにどうしようかと重荷になっています。

こうやってみると、人が生きていくだけになれば、必要なモノというのは本当に限られるのだと思いました。業者頼みで実家を片付けてからは、私も自分が元気なうちに少しずつモノを処分することを考え始めなければならないと感じています。

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
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