さみしがり屋の母の息抜きの場所、商店街の"魔窟"の思い出(前編)/中島めめ

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こんにちは。中島めめです。

今回は、私の母が昔よく通っていた不思議なお店について書きたいと思います。

前回のエピソード:味がしない!?新しいもの好きな母とインスタントラーメンの思い出

今ではすっかりさびれてしまった地元の商店街の一角にそのお店はありました。

お豆腐屋さんや八百屋さん、駄菓子屋さんなどが並ぶ中で、一際異彩を放っていました。

ひとことで言うとブティックなのですが、アンティックドールや仮面、ピエロなどいろいろな雑貨が置いてあって、不思議な雰囲気を醸し出していました。

置いてある洋服も個性的なデザインで、店長さんや従業員の方も独特のセンスでお店の服を着こなしていました。

母はそのお店の服が気に入っていたようで、よく顔を出していました。そしてすっかり常連になってお店の椅子に座って近くの和菓子屋さんで買ってきたたい焼きやおまんじゅうを食べながら長いことお店の人と楽しそうにお喋りしているのでした。

その頃は商店街も賑やかで、母と私たち姉妹みんなで自転車に乗って商店街に行き、母はブティックへ、私たちは駄菓子屋や本屋に行って時を過ごす事がよくありました。時々ブティックを覗くと中からお店の人が手招きしてお菓子をくれたりしたものです。

 

母は威勢のいい豪快な話しぶりでいつも周りにいる人たちを笑わせていていました。今思うと、とてもさみしがり屋なので、楽しい話をしてたくさんの友達に囲まれていたかったんじゃないかな、と思います。

弱気な言葉や不安な気持ち、本音など、今は歳を重ねた私たちに話す事もある母ですが、当時は私たちも幼く、父もかなりつかみどころのない人なので、周りの友達の中に本音で語り合える人を見つけていたのかもしれません。

 

とにかく見た目に迫力があって存在感のある母なので、どこにいてもその場の親分に見えてしまい、初めて来たお客さんに店長と間違えられたりする事もあったそうです。今でも何かの集まりなどでグループの中にいると、一番無責任な人間なのに責任者と間違えられて困ると笑っていました。私が何かの集まりに出かけても責任者と間違えられるどころか出席していた事を誰も覚えていないんじゃないかというくらい影が薄いので、親子でこうも違うものかと不思議になります。

ブティックの店員さんも他の常連客の方々もそれぞれかなり個性的な人たちだったのにその中にいてもその場のヌシにみえてしまう母。
そしてどこにいても存在感の薄い私...。
次回はそんな私と、このブティックとの関わりについて書いてみたいと思います。

次の記事はこちら:ここで大人の世界を垣間見た!商店街の"魔窟"の思い出(後編)

中島めめ

ライブドア公式トップブロガー。家族との笑いの絶えない日常を描いたブログが月間200万PVと人気に。超インドア派で子どもの頃は「ハイジが来る前のアルムおんじ」のような人生を送るのだろうと想像していたが、実際はまったく違う日々を送る。
食品サンプルやドールハウスのミニチュア小物が大好き。

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