性別:54
年齢:女
プロフィール:昨年の秋に認知症でパーキンソン病の(85歳)を呼び寄せ、親子三代で暮らしています。
※ 毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。
私の母の遺骨は父の菩提寺に永代供養されているので、お墓はありません。そして、父も亡くなれば、同じように永代供養されます。
父は、今は私と一緒に関東で暮らしていますが、それまでは関西にいました。父の郷里はかつて暮らしていた街の隣の県にある山間の小さな村です。
父は6人兄弟の長男で、父の下には弟が4人と妹が1人います。そして、父の郷里には兄弟みんなが入れるようにと、祖父が建てた立派なお墓があります。
父が家を出たのは戦後すぐのこと。長男でしたが、そのことはあまり深く考えず、どちらかと言えば口減らしのつもりもあって、田舎を離れて都会に出てきたようです。家督制度が廃止になったとはいえ、田舎のことですから、長男が跡を継がないで家を出てしまって、おそらく他の兄弟は随分戸惑ったことだと思います。そしてその後、家は次男が継ぎました。
父は都会で知り合った僧侶の影響を受け、そこで仏教の教えを乞うたと聞いています。その僧侶は、仏教系大学で教鞭もとられていた方で、僧侶のための先生のような方でした。同じ仏教でしたが父の郷里の菩提寺とは宗派が違ったので、父は改宗したのでしょうか。この僧侶が住職をしているお寺を、父は自分の菩提寺にしたのです。そのあたりのことは詳しく知りませんが、その件で父は郷里の菩提寺の住職と仲たがいをしたようでした。
郷里の菩提寺の住職から、父が改宗したことについて「地獄におちますよ」と言われたそうです。「坊主がそういうことをいうのか」と、とても腹を立てていたことは、いまでも私の記憶にあります。
そのせいかどうかはわかりませんが、その後、家を継いだ次男から「お墓には入らないでくれ」と連絡があったそうです。
父の菩提寺である住職に「お墓は何のためにあるのですか」と尋ねたところ「生きている人のためにあるのですよ」と答えたということでした。それで、父は自分に「墓は必要ない」と考えたようです。そうは言っても、父の菩提寺の住職は、永代供養は後を継ぐ者のいない人がすることで、兄や私という子どもがいるのに永代供養をするのはどうかと眉をひそめたと聞いています。
それでも、兄には一人娘しかいないこと、娘である私が仏教ではない家庭に嫁いでいることを理由に、お墓を持っても後々その管理をするものがいないと言って、住職に永代供養を認めてもらったのでした。
今の時代、墓じまいをする方も多くいるようです。確かにうちの場合も、お墓があっても墓守を誰がするのか、またできるのか、必ずどこかで行き詰まるように思います。
また、夫の家には義父が建てたお墓があり、義父の遺骨が納められていますが、この兄弟はめったにお墓参りに行きません。そういう姿を見ていると、私の息子たちもきっとお墓参りにはいかないだろうと予想がつきます。
お墓があってもこれでは意味がないように感じ、私自身も夫の家のお墓に入らず、散骨してもいいかなと考えています。
私の母のお墓はありませんが、私は母の写真を棚の上に置いて、時々母を想うことにしています。不信心かもしれませんが、それで十分なのかもしれないと思い始めています。
- ※
- 健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
- ※
- 記事に使用している画像はイメージです。