モラハラDV夫との結婚生活、そして夫から逃げるまでを綴ってきましたが、夫の元から逃げて、はい、終了ではなく、その後現在に至るまでは乗り越えなければならない壁がたくさんありました。
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先日、母の一周忌を終えました。
母は、昨年9月に老衰によって、入居していた特別養護老人ホームで息を引き取りました。
私がDV夫と結婚したことによって、両親には本当に心配ばかりかけてしまいました。
娘が2歳の時には、離婚を考えて実家に逃げ帰りました。
実家に帰るたびに、私の足や手にあざがあるのを見て、夫が暴力男であることに気が付いていたと思います。
結婚以来、一度も実家に顔を出していなかった夫は、離婚の話し合いをしたいと、のこのことやってきたのです。
離婚します、養育費は月3万円で、と堂々と離婚宣言をしました。
まだ2歳の娘は、夫が来た時、怖がっておじいちゃん(父)のかげに隠れました。
父はそれを見て、普段から娘にも手を出しているのかもしれないと、とても心配し、帰らずにここで暮らすようにと言ってくれたのです。
離婚に向けて動き出したかといえば、そうではなく、残念ながら、実家には私の居場所がありませんでした。
実家は、飲食店を経営していたのですが、その頃、兄夫婦がお店を手伝っていたのです。
お店を継ぐ予定の兄夫婦が、すでに主権を握りはじめていました。
昼も夜も、お店は忙しくて、私と娘はゆっくりすることもできなくて、ただ迷惑をかけないように、できる範囲で手伝うようにしていました。
仕事で疲れきった両親の顔を見て、私はこれ以上迷惑をかけたくないという気持ちに傾いていったのです。
その頃、夫から謝罪の電話がかかってきました。
「ご飯がのどを通らない、間違ったことをした、ゆるしてくれ、帰ってきてほしい」と。
夫のそんな言葉に、まんまと騙され、私はDV夫の元に帰ることを決めたのです。
両親は、最初は怒っていたけれど、自分がそう決めたならと、帰ることを許してくれました。
その後、暴力とモラハラは続いていたけれど、何年かは、平和な日が続きました。
両親は、娘の七五三祝いにもかけつけてくれました。
ところが次第に夫の仕事がうまくいかなくなり、精神状態もひどくなっていきました。
両親が兄と住む二世帯住宅を建てた時は、「兄貴だけいい思いをしやがって、おまえは長女なんだから、親が死んだら絶対に遺産をもらってこいよ」と暴言を吐いていました。
両親がまだ元気な時に、遺産もらってこい? こんなこという人いるでしょうか、とても悲しい気持ちになりました。
「おまえの両親が死んでも、俺は絶対に葬式に行かないからな、覚えておけ」
そんなことも言われ続けていました。
その言葉通り、父が他界した時も、夫はお通夜にもお葬式にも参列することはなかったのです。
親戚中から、旦那さんはどうした?と聞かれ、長女として肩身が狭い思いをしたのを覚えています。
父が糖尿病で、入退院を繰り返していた時も、私は夫に内緒でコソコソとお見舞いにいったものです。
危篤の連絡が来ても、帰ることはゆるされず、息を引き取った翌日に、やっと会いに行けたという状況でした。
私が夫の元を飛び出し、息子と二人暮らしをはじめた頃、母はサービス付き高齢者向け住宅に入居しました。
自由になった私は、好きな時に母を訪ねることができ、通院介助もすることができました。
私が別居をはじめたことは、何回も伝えたのに、認知症が進行していた母は、「○○さんに怒られるから早く帰りなよ」とよく言っていました。
夫と同居中は、門限があったので、実家に帰ってもいつもゆっくりすることができずに、時計ばかり見ていた私を母は覚えていたのでしょう。
その内に、コロナが流行し、母には会えなくなりました。
転んで大腿骨骨折をしてからは、寝たきりになってしまいました。
特別養護老人ホームに入ってからは、入退院を繰り返していたけれど、苦労が多かった昔の記憶はすべてなくなっていたようです。
なので、私が息子と二人で暮らしていることも忘れていました。
母は、子どもたちには迷惑かけたくないと言いながらも、最後は子どもたちによくしてもらった、ありがとうと言って旅立ちました。
母が亡くなったこと、二世帯住宅を売りに出して今はもうないことを別居中の夫は知りません。
もちろん母の葬儀にも参列していません。
とんでもない人と結婚したせいで、両親にはずいぶん心配をかけたけれど、別居したことによって自由になり、母の通院介助ができたことはよかったなと思います。
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