お金に執着し続け、家族を蔑ろにしてきた夫。老後を迎えて最後に手元に残ったものは/chii

モラハラDV夫の元から逃げて10年目の60代シングルです。

ちなみに離婚は成立しておらず、熟年別居中です。

【前回】離婚に応じてもらえないまま10年間の別居生活。私が背負った夫という重い十字架

お金に執着し続け、家族を蔑ろにしてきた夫。老後を迎えて最後に手元に残ったものは/chii pixta_69733096_S.jpg

夫の元を飛び出して、丸9年たち、10年目に突入します。

いろいろあったけれど、過ぎてしまえば、あっという間だった気がします。

10年の月日が変えたものは、夫の容姿です。

昨年、二回ほど会う機会があったのですが、変わり果てた夫の容姿にショックを受けました。まるで浦島太郎です。

玉手箱をあけたらおじいさんになっていた浦島太郎ですが、私の夫もおじいさんになっていたのです。

今年71歳になる夫ですが、年金もなく、どうやって暮らしているのか不明です。

非課税世帯の給付金で、なんとかしのいでいるのか、仕事を細々とつづけているのか。

来年、社会人になる息子に、お金の無心だけはしないでほしいと、今から心配しています。

何よりもお金を愛した夫でした。

仕事がうまくいっている時、年収は1000万円以上あったと思います。

そのころ、いつも札束を並べてにやにやしていました。

機嫌も良かったです。

お金が大好きだから、宝くじも毎年買っていました。

当たったことは一度もなかったですが。

そのうち、仕事がうまくいかなくなり収入が激減して、私や子どもたちへの暴言暴力がひどくなっていきました。

お金は夫にとって、自分の身体の一部分のようであり、お金がなくなっていくことは身をそがれるような気持ちになっていたのだと思います。

言い合いになるたびに、私はよく夫に聞いていました。

家族とお金どっちが大事なの?って。

お金に決まってるだろ、と迷わずに答えた夫でした。

収入が激減した時、お金がすべてではない、夫婦で助け合って何とかできないかという気持ちもあったのですが、お金を何よりも愛していた夫は、そのうち、生活費もくれなくなりました。

おまえ、稼いでいるじゃないかと、私のパート代をあてにするようになっていたのです。

お金お金って、いつもお金のことばかり考えていたのだと思います。

いつしかわが家にくる手紙は、請求書と、督促状だけになっていました。

もしかしたら、生活費を渡したくないから、私たちを追い出したのかもと思ったりします。

モラハラ夫の本音は、家族を背負いたくなかったのだと思います。

家族よりも守りたかったのは、親から受け継いだ財産です。

現在ボロボロのゴミ屋敷と化した元わが家は、もう財産とは呼べないかもしれないけれど、今もそのボロ家を守るためだけに生きています。

貯金もいくらあったのか私に教えてくれたことは一度もありません。

肌身離さずもっていたカバンがあり、そこに貯金通帳一式を入れて持ち歩いていました。

一番大事なものは、お金だと言い切り、お金を愛した夫は、お金から見放された老後をおくっています。

夫には、近所に二歳違いの妹がいましたが、妹夫婦には親の遺産を一銭もあげずに、そこで縁がきれています。

天涯孤独になってしまった夫。

自業自得だとは思いますが、憐みの気持ちもあります。

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
記事に使用している画像はイメージです。
 

chii

モラハラDV夫の家を飛び出し、10年目のchiiと申します。離婚には応じてもらえずに、現在も熟年別居中です。つい最近、共に暮らしていた大学生の息子が自立をして一人暮らしになりました。某スーパーでサービスカウンターの仕事をしています。パートなので生活は楽ではありませんが、結婚生活が地獄だったからこそ、現在の一人の時間に幸せを感じています。別居直後から書き出した「60代小さく暮らす」お一人様の老後がテーマの「お茶のいっぷく」を書いています。

※毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

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