「実家の物置の整理中に50年前の通知表や作品を見つけ、懐かしい思いでいました。でも、自分の通知表と兄たちの通知表を見て愕然としてしまいました。『どうしてこんなに違うの...?』実は、幼い頃から、母に対してうすうす感じていたことがあります。その気持ちが間違っていなかったと、初めて証拠を突き付けられた気がしたのです」

「お母さん、私に愛情あった...?」60歳になっても消えない思い

母は、兄たちの通知表には欄外にびっしりコメントを書いていたのに、私の通知表にはほとんど何も書いていませんでした。

私が子どもの頃の通知表には保護者コメント欄がなかったため、書く必要もなくまったく気付きませんでした。

その他残してあった習字の半紙にも、兄たちの分には欄外に「〇〇先生にもほめられる、〇の字が良い」など走り書きを残していました。

そういえば、私の分は作品自体、兄たちに比べて残っている数も少ない...。

今になって振り返ってみると、私は兄たちと比べると、小さな頃からほめられたり怒られたりしたことがほとんどありません。

当時、母が忙しいことが子ども心に分かっていましたし、兄たちによくかまわれていたので寂しいと思うこともありませんでした。

兄たちは反抗期には母とよくケンカをしていましたし、就職先などの進路も「県内に残らないのか」などとよく言い合いをしていました。

一方で私はといえば、進路を選ぶときも母からはほとんど何も言われませんでした。

結婚後はたびたたび夫の転勤もあったので、母とは季節の贈り物をしたり、たまに電話でご機嫌伺いしたりする程度の仲でした。

私の年齢だと、少し田舎のほうではまだ昔の価値観が色濃く残っています。

「女の子は家には残らない、嫁いだら嫁ぎ先の家の人間になる」

私の父母世代だと特にそういう考え方でしょうし、私も疑問を持つこともありません。

でも、母が兄たちと私に注いでいた子育てへの熱量の差を、子ども時代の通知表で気づいてしまったのです。

還暦を超えて「あれもこれも、もしかして母は私に関心がなかったの?」と思い悩むのはバカバカしいと思う人もいるかもしれませんが、気になるものは気になるのです。

今まで、何かと慌ただしく母に真意を聞けませんでしたが、次会ったときに母の真意を確かめたい気持ちと、知りたくなかった本音を聞くかもという怖い気持ちと、半分ずつです。

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