『今だからわかること 84歳になって』 (末盛千枝子/KADOKAWA)第1回【全7回】


上皇后美智子さまの長年のご親友であり、彫刻家・舟越桂さんの姉でもある末盛千枝子さん。絵本編集者を経て「すえもりブックス」を設立した末盛さんは、84歳を迎えた現在、東京から移住した岩手山を望む自宅でひとり暮らしを送られています。著書『今だからわかること 84歳になって』(KADOKAWA)は、80代という人生の深まりを迎えた末盛さんだからこそ感じられる、日々の発見や生き方の実感が綴られた一冊です。年齢とともに訪れる身体の変化や暮らしの機微をまっすぐに見つめつつ、ユーモアを交えて語られる言葉の数々は、これからの人生を軽やかに生きるためのヒントにあふれています。

※本記事は末盛千枝子(著)による書籍『今だからわかること 84歳になって』から一部抜粋・編集しました。

今だからわかること

そうか、こういうことだったのか、と思うことが最近たくさんあります。

昨日も、洗面所の水道のトラブルで来てもらった水道屋さんの件では、われながら笑ってしまいました。お盆明けで、やっと来てくれた若い素敵な職人さんが、帰りがけに「これは簡単なことですよ。おばあさんでもできますよ」と言うのです。一瞬、誰のことかと思ったのですが、私のことでした。彼が帰ってから、笑ってしまいました。確かにおばあさんなのですが、直接おばあさんと話しかけられたことがなかったのです。もちろん義理の孫たちには、千枝子ばあばとか、グランマチエコと呼ばれてはいるのですが、それはそれで、いいなと気に入っていました。亡くなった夫の忘れ形見というような孫たちですから。

それに昔、私は母に向かって、「お母さん、お母さんはもう十分おばあさんなのよ」と言ったことがあるのです。あの時、母は今の私より若かったのかもしれません。母は少し憮然としていましたが、私は気にも留めませんでした。あの時、私は60近かったのかもしれません。母には別な時に「あなた、私の年になるまで、まだまだ時間があると思っているでしょう? そんなことありませんからね、あっという間ですよ」と言われたのです。確かにそうでした。

そんなことを考えていて思い出すのは、20代の頃、英語を習いに行っていたグループが毎年催していたダンスパーティーでのことです。当時、大学のクラブなどでも、色んなところで、ダンスパーティーがありました。多分、それぞれ資金集めだったような気がします。どこかからバンドを連れてきて、華やかでした。あるダンスパーティーの時、どうやら父と母が相談して、私の見張り役に、母が付き添って行くことになったのです。

私は、アメリカのペンフレンドが送ってくれた、ちょっとしゃれた薄地のワンピースを着ました。出かける前に、父が、アトリエで写真を撮ってくれたのですが、なんだか気恥ずかしいし、今見ても、ちょっと面倒臭いなあというような顔をしています。母はといえば、薄い藍色の小紋の着物を着ていました。ダンスパーティーということで緊張していましたし、ダンスが上手なわけではないので、実のところ、あまりよく覚えていないのですが、それでも、誰かが誘ってくれることを期待していた気がします。ところが驚くことに、母がよく誘われるのです。ええっ、あんなおばさんなのに!と思いました。でも今考えてみれば、母はあの時、40代後半で、着物がよく似合う素敵な女性だったのだと思います。当時、私はあきれたことに、若さの方が素敵だと信じていたのです。もちろん、そこそこ誘ってはもらいましたが、なんだか不思議な思い出です。

千枝子のミニアルバム

26歳。背景の彫刻は父の作品。

49歳。「すえもりブックス」代表兼編集者。

51歳。父のアトリエで、 画家のスティーブン・ウィルシャーと。画集の作者。

54歳。ニューヨークにて。

84歳。岩手県八幡平の自宅にて。