『九十一歳、銀座きもの語り』 (村田 あき子, 西端 真矢 /KADOKAWA)第4回【全7回】
銀座で200年の歴史を紡いできた、小さな呉服店。その暖簾(のれん)を守り、90歳を過ぎてもなお、凛として店に立ち続けたひとりの女性がいます。それが「染織工芸 むら田」の店主・村田あき子さん。きものと共に歩んで70年、店主として30年。本書『九十一歳、銀座きもの語り』(KADOKAWA)は、村田さんが銀座の街で見つめてきた「きものと手仕事」、そして家族との愛おしい日々を綴った一冊です。人生の後半戦をいかに豊かに、美しく過ごすか――。そのヒントが、彼女のたおやかな語り口の中に溢れています。今回は本書の中から、きものに導かれた美しき人生の記憶を、抜粋してご紹介します。
※本記事は村田 あき子 (著), 西端 真矢 (著)による書籍『九十一歳、銀座きもの語り』から一部抜粋・編集しました。

上田紬と結城紬の裂見本帖。今では滅多に見られない凝った柄も
紬の多い呉服店
私と「むら田」との長い長い縁は一枚の張り紙から始まりました。昭和三十三(一九五八)年、前年に女子美術大学日本画科を卒業した私は銀座の小さなプラスチックメーカーのデザイン部に勤めていましたが、ある日、上司から、一丁目のむら田という呉服店を知っているかと訊ねられました。助手募集の張り紙を出しているのを見かけたから、受けてみてはどうかというのです。
「ちょっと面白いきものを置く店でね。きっと気に入ると思う。あなたは大学で絵を勉強して、中学時代にはろうけつ染も習ったと言っていたでしょう。ここにいるより活躍出来る気がするんですよ」......。
早速私はむら田に出かけてみました。店は銀座の街を東西に走る柳通りという道に面していて、名前の通り、両側に柳の木が並び長い枝を風に揺らしていました。むら田の間口は二間余りほどとさほど大きくはないものの、向かって右手に石敷きの露地がしつらえられて手水鉢も置かれ、さっぱりとしゃれた造りをしていました。
何より面白いと思ったのは店の品揃えです。当時の銀座の呉服店はどこも華やかな染めのきものを競って並べ、ふだん着に当たる紬など織りのきものは添え物として扱われていた中、むら田では、もちろん染めものも置いているのですが、それを上回るほどに結城、久留米、弓浜、上田、大島、綿薩摩......全国の土地土地で幾世代にもわたって織られて来た伝統の織物が主役の顔をして棚に並んでいました。そっと手を伸ばしてそのうちの何反かを広げてみると、絣文様は精緻でありながら同時にどこか温かみを宿し、糸の一本一本は深くやさしい草木の色で染められていました。何気ないようでいて、これは店主の目によって選りすぐられた特別に入念な手仕事ばかりだ――私はそう感じとりました。
更に別の棚に目をやると、無地の紬帯の反物がずらりと並んでいることに驚かされました。若いお嬢さんが締める明るい赤から渋みの深い鼠色まで、柳色、御納戸色、臙脂色、浅葱色......二十色ほどはあったでしょうか。紬の、それも無地の帯を色とりどりに揃えている店など見たことがありませんでした。けれど再び手を伸ばしてそのうちの一反を広げてみると、ところどころ節だった地風に味わいがあり、しかもどこかに渋みをたたえながら決して濁った色ではなく......たとえば向こうの棚の久留米絣と合わせたら、すっと決まりそうなのです。
なるほど、これは面白い店だ。私は面接を受けてみることにしました。








