着付けはわずか十分。91歳の呉服店主がたどり着いた、道具に頼らない潔いきもの術

『九十一歳、銀座きもの語り』 (村田 あき子, 西端 真矢 /KADOKAWA)第3回【全7回】

銀座で200年の歴史を紡いできた、小さな呉服店。その暖簾(のれん)を守り、90歳を過ぎてもなお、凛として店に立ち続けたひとりの女性がいます。それが「染織工芸 むら田」の店主・村田あき子さん。きものと共に歩んで70年、店主として30年。本書『九十一歳、銀座きもの語り』(KADOKAWA)は、村田さんが銀座の街で見つめてきた「きものと手仕事」、そして家族との愛おしい日々を綴った一冊です。人生の後半戦をいかに豊かに、美しく過ごすか――。そのヒントが、彼女のたおやかな語り口の中に溢れています。今回は本書の中から、きものに導かれた美しき人生の記憶を、抜粋してご紹介します。

※本記事は村田 あき子 (著), 西端 真矢 (著)による書籍『九十一歳、銀座きもの語り』から一部抜粋・編集しました。

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日々のきもの択び

私の部屋には箪笥が三竿置いてあって、毎朝その前に立ってきものを択(えら)びます。と言っても、私のきもの択びはいつも行き当たりばったり。引き出しを開けてたまたま目についたきものを手に取り、そのきものに「これがいい」とひらめいた帯を合わせます。前の晩から決めておいたり、今日はどうしようかと深く考えたりはしません。きものに限らず、何事もなりゆきまかせ。行き当たりばったりにするのが好きなのです。

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仕舞を舞うあき子。祖母まる同様、晩年も稽古を続けた。写真は大学時代

もちろん、時には衿を正して択ぶこともあります。たとえば仕舞の発表会の日に着るきものや、その仕舞を教えて頂いている先生がご出演になるお能の舞台を拝見する日のきもの。それから、工芸作家だった祖父や父の展覧会へ行く日のきもの......。だから、直感で決める日と熟考して択ぶ日、全体で釣り合いが取れているようにも思います。

きものと帯が決まったら、箪笥の小引き出しから帯締めと帯揚げを択びます。ともに無地のベージュ系統が好みで、わずかな色調違いで帯締めは十九本、帯揚げは十六枚を揃えています。息子たちは一体どう違うのと冷やかしますが、もちろん違うのです。この時もまた直感で「これがいい」という一組を択びます。

こうして一揃いが決まったら、鏡台の前へ。着付けよりまず先に髪を整えます。と言ってもあっけないほど簡単で、後ろで一つに縛ってくるりと巻き、それをピンで留めて鼈甲の髪留めを差すだけ。五分もかかりません。

同じように着付けもとても簡単です。と言うのも私は複雑な道具は使わず、補整も一切しません。紐だけの着付けですから、正味十分もかからずに終わってしまいます。その具体的な手順については、後ほどお話ししましょう。

さて、着付けが終われば店へと階段を下りていきます。以前はとにかく忙しく飛ぶように上り下りしたものですが、九十歳を過ぎた今は一段一段ゆっくりと。そして引き戸の向こうに私の仕事場が広がっています。大きく取った窓の向こうに、ささやかな緑の庭。銀座の店から使い続けている棚や椅子は今では木目の色が渋みを増しています。十一時開店の一時間ほど前、次男の寛次がやって来て、ウィンドウに飾った反物を今日から下げて更紗のバッグに変えようか、そろそろ夏物展の案内葉書を作らなきゃ、そうだ、今日のお母さんのきものと帯をインスタに上げたいんだ、などとにぎやかに話します。新しい一日が始まります。

 
※本記事は村田 あき子 (著), 西端 真矢 (著)による書籍『九十一歳、銀座きもの語り』から一部抜粋・編集しました。
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