きもの好きの憧れ、村田あき子さんが遺したもの。90歳を超えても現役を貫いた「きもの人生」

きもの好きの憧れ、村田あき子さんが遺したもの。90歳を超えても現役を貫いた「きもの人生」 001-1.jpg

『九十一歳、銀座きもの語り』 (村田 あき子, 西端 真矢 /KADOKAWA)第1回【全7回】

銀座で200年の歴史を紡いできた、小さな呉服店。その暖簾(のれん)を守り、90歳を過ぎてもなお、凛として店に立ち続けたひとりの女性がいます。それが「染織工芸 むら田」の店主・村田あき子さん。きものと共に歩んで70年、店主として30年。本書『九十一歳、銀座きもの語り』(KADOKAWA)は、村田さんが銀座の街で見つめてきた「きものと手仕事」、そして家族との愛おしい日々を綴った一冊です。人生の後半戦をいかに豊かに、美しく過ごすか――。そのヒントが、彼女のたおやかな語り口の中に溢れています。今回は本書の中から、きものに導かれた美しき人生の記憶を、抜粋してご紹介します。

※本記事は村田 あき子 (著), 西端 真矢 (著)による書籍『九十一歳、銀座きもの語り』から一部抜粋・編集しました。

序に代えて

私がきものの仕事に携わってから、七十年近くが過ぎました。今年、私は九十一歳になります。東京の、渋谷と恵比寿のちょうど中間辺り。駒沢通りから少し奥まった一角で「染織工芸 むら田」という小さな呉服店を営んでいます。今も毎日店に立ってお客様をお迎えし、お誂えからお直しまで、きものにまつわるさまざまなご相談を承り、店に置く反物を選品したり、新作きものの創作も手がけています。仕事着としてはもちろん、日々の家事から長く続けているお能の仕舞の稽古まで、ほとんどのことをきものでこなしています。

けれど時々、ふと不思議に思うのです。これほど長くきものの仕事をすることになるとは思いもしなかった、と。むら田の創業は江戸時代後期の文政年間、新富町に小さな店を構えたと伝わります。明治のはじめに銀座に移転して、以来、昨年春に今の場所へ移るまで、銀座の街で商いを続けて来ました。創業からおよそ二百年を重ね、お蔭様で東京でも古い屋号の一つに数えて頂いています。

とは言うものの、実は私は創業家の生まれではありません。二十五歳の時、当時の店主の助手として働き始め、そのまま七十年近くを過ごして来ました。そもそも助手になったのもほんの偶然からで、どうしてもきものの仕事がしたい、一生この仕事をしていこう、などといった大きなことは考えていませんでした。大体において私の性格は行き当たりばったりのなりゆきまかせなのです。けれど縁があったのでしょう、やがて店主の次男と結婚し、ともに暖簾を守ることになりました。

もちろん、九十年余りの間には良いことも悪いこともありました。そもそも子ども時代には命に関わる大病をしましたし、店を継いでからはお金の算段の面で大きな苦労をすることにもなりました。あまりにも日々忙しく、東京の街を駆け足で飛び回るようにして過ごしていた一時期もあります。それでもなお、丹精を込めて織られ、染められたきものを扱うことは、人生の大きな喜びであり続けて来ました。この仕事に深い愛着を持っています。

これから、そんな私の九十年と少しの人生を皆様にお話ししてみたいと思います。きものの商いのこと、きもの暮らしの工夫のあれこれ、銀座の街のこと、忘れがたい人たちのこと......。しばらくおつき合い頂けましたら幸いです。

 
※本記事は村田 あき子 (著), 西端 真矢 (著)による書籍『九十一歳、銀座きもの語り』から一部抜粋・編集しました。
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