毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今回は「ついに完成した怪談」について。あなたはどのように観ましたか?
【前回】吉沢亮が魂を削って生きた"錦織"という男。「友一」の名に脚本家が込めた思い
※本記事にはネタバレが含まれています。

髙石あかり主演の朝ドラ『ばけばけ』第24週「カイダン、カク、シマス。」が放送された。いつ怪談が誕生するのかと視聴者が見守る中、到達したのはまさかの最後の2週目の、それも金曜日。
10年後、松野家は東京に住んでいて、ヘブン(トミー・バストウ)は帝大で教師をして6年半になる。人力車で学校に向かうも、途中で降り「ケンコウ、ダイジ。アシコシ、ダイジ。アルキタイ」「53サイ、イノチ、ミジカイ」と言う。50代前半で「命、短い」か......と現代人は複雑な気持ちにもなるが、弱気になる理由はいくつかあった。
まずヘブンの父が亡くなったくらいの年齢になっていること。にもかかわらず、目標とする「書くの、人」にはなれていないこと。ヘブンはイライザ(シャーロット・ケイト・フォックス)に「次こそベストセラーを書くよ」と手紙を書く。トキ(髙石)とは仲良し夫婦だが、家族を心配させたくない思いもあり、こうした仕事の悩みを共有できるパートナーにはなれないのかというのが、少々寂しい。
しかも、ヘブンの弱気にはもう一つ大きな理由があった。実は帝大の教師の職をクビになっていたのだ。人力車を途中で降りていたのは、健康や足腰のためではなく、向かうべき職場がもうなかったからだ。
ほぼリストラされたことを家族に言えずに公園で日中過ごすお父さん状態になっているヘブン。それに気づくのが、"類友"?の司之介(岡部たかし)だ。ミルクホールに立ち寄り、時間を潰すヘブンのもとに現れ、「わしと同じ匂いがしてな」「わしらは仲間じゃ。おぬしは昔のわしじゃ。乾杯」と共感を寄せる。
それは司之介が明治維新の後に感じた思いと重なるためで、こう振り返る。
「武士の時代が終わったとき、この世から『もういらん』って言われた気がして。ただただ立ち尽くした。自分は変わってないのに、この世から『いらん』『古い』言われるのは辛い」
そこでヘブンは、自分が帝大をクビになったこと、古いと言われたことを打ち明け、自分からはもう学ぶ必要がないのだと卑下し、こう比喩する。
「オワリニンゲン」
さすが文筆家らしくエッジのきいたネーミングだと感心するが、この展開は実に第10週以来の気がする。かつて松江が寒いことで「ジゴク、ジゴク」と連発、風邪をひいて寝込むと「もう駄目だ、もっといろんな国に行きたかったが、ここが臨終の地になるとは」「たとえ死んでも悲しまないで。私はただの、通りすがりのただの異人です」と大袈裟に悲嘆してみせたヘブン。面倒くさい弱気ムーブ全開のヘブンがここで再び訪れるとは。
そんな「オワリニンゲン」に対する周囲の接し方も切ない。帝大の研究室で学んでいる丈(杉田雷麟)は、ヘブンがクビになったことを知りつつ、それが家族に知られないように口裏を合わせ、ヘブンには自伝を書いたらどうかと勧める。しかし、「オワリニンゲン」にはそんなアドバイスも裏目で「ワタシ、エライノ、イジン、ナイ。ワタシ、タダノ、セイヨウジンノ、イジンデス」「ミンナ、ワタシニ、キョウミ、ナイ」ととことん卑屈だ。
しかも、執筆ができず、子どもたちにまで当たり散らすヘブンをトキは散歩に誘う。そこでヘブンが漏らした、生まれ変わったら蚊になりたいという言葉は、いかにもヘブンらしい風変わりでうらめしい発想だと思ったら、実はラフカディオ・ハーン自身が書いたエッセイ「蚊」(『怪談』所収「虫の研究」)に記された発想らしい。ちなみに、ヘブンを演じるトミー・バストウは、オーディション合格後に役の許可を得ようと雑司ヶ谷霊園のハーンの墓を訪れた際に蚊に刺され、その数日後にこのエッセイに、墓を訪ねる友人を刺したいという趣旨の記述があることを知り、「ゾッとした」と語っている(「あさイチ」2026年1月9日放送)。
ともあれ、ヘブンは帝大をクビになったのみならず、「書く」ことにも行き詰っていた。イライザは編集部にヘブンをプッシュするが「誰が今、彼(の書くもの)を読みたいんだ?」「終わった」と言われ、ヘブンにアメリカで講師や講演の仕事がないか相談されるが、それもない。
そんなヘブンを救うのは、トキだ。ヘブンが帝大をクビになったことを知ると、責めるわけでも慰めるわけでもなく、むしろこれで執筆に集中できると背中を押す。この最終盤で「夫を信じ、支え、無償の愛を注ぐ妻」という朝ドラ王道フォーマットにのるトキ。
実際、ラシャメン覚悟で生まれの家と育ての家を両方養ってきたトキだからこそ、苦労も厭わないのは自然なことだ。その一方、創作する人間にとっては、もはや言い訳できる「逃げ場」を失った執筆に全集中できる状態は、それはそれで極度のプレッシャーを背負う「ジゴク」でもある。まったくヒットの出ていない万年補欠バッターに「ホームラン打ってこい」と言うようなものだ。
しかし、トキは「期待」「信頼」の呪いでヘブンを縛るのではなく、リテラリーアシスタントとしての手腕を発揮する。それは「私、読めるの話、書いてくれませんか」「ずっと読みたかった、パパさんのホン。だけん、学がない私でも読めるの本、楽しいの本、書いてくれませんか」という提案だ。
それはもちろん二人を結び付けた「怪談」だ。そこから、日本語が読めないヘブンのために、トキがリテラリーアシスタントとして怪談集めに奔走することになる。かくして多くの視聴者がおそらく本作の中で期待した怪談は、今週金曜のわずかな時間でダイジェスト的に一気に紹介され、怪談の本が無事完成した。ああ、なんとモッタイナイ、なんとウラメシ展開だろう。
次週はいよいよ最終週。いかにウラメシく、スバラシイ結末を迎えるかに期待したい。
文/田幸和歌子




