毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今回は「"錦織"という男」について。あなたはどのように観ましたか?
【前回】なんという脚本...美しい「愛」の描き方とそれを支える髙石あかりの表現力
※本記事にはネタバレが含まれています。

髙石あかり主演の朝ドラ『ばけばけ』第23週「ゴブサタ、ニシコオリさん。」が放送された。
今週は久しぶりの錦織(吉沢亮)の再登場。しかし、人気キャラをときめきや萌えとして消費せず、あくまで本編を一貫して流れる「うらめしさ」の1つの象徴として描き続けるところに『ばけばけ』の誠実さが感じられる。
トキ(髙石)とヘブン(トミー・バストウ)に息子・勘太が生まれたが、そこで戸籍問題が噴出。二人は熊本市役所に相談するが、初めてのケースで話が進まず、後日、2つの方法を説明される。1つはトキがイギリス人として日本で暮らす方法。この場合、ヘブンの遺産をトキや勘太は受け取れない。もう1つはヘブンと勘太がトキの戸籍に入り、ヘブンが日本人になる方法だが、ヘブンは外国人としての特権を失い、海外に出るのが難しくなる。この場合はトキの本拠地・松江で手続きする必要がある。
ヘブンは葛藤の末に日本人になることを選び、トキと二人、手続きのために松江を訪れる。しかし、松江市役所では意外な事実が判明。実は松野家の戸籍には、トキの夫として銀二郎(寛一郎)が残っていて、それを外さないとヘブンは入れないのだった。そこで担当者はもう1つの方法を提案。それは、トキが松野を出て、雨清水家の戸籍に戻り、そこにヘブンが入籍するというものだ。
ただし、「前例がない」ため、県知事・江藤(佐野史郎)の許可が必要だと言われる。しかし、江藤は島根を去ったヘブンに腹を立てているため、それを拒んだと聞き、トキは江藤を説得してもらうために松江中学で校長をしている庄田(濱正悟)を訪ねる。すると、出てきたのは、サワ(円井わん)だった。サワは教員試験に合格し、自力で長屋を抜け出した上で、庄田(濱正悟)と夫婦になっていた。視聴者の「サワには幸せになってほしい」という思いと、「男の力ではなく自分の力で状況を変えてほしい」という思いの双方を良いとこどりした理想的な着地である。
ともあれ、トキの肝心の願いは、江藤に歯向かうと失職の恐れもあるとして、庄田に断られてしまう。一方、ヘブンは錦織を訪ねたが、錦織の表情は浮かない。錦織は知事からの信頼は自分にはもうないと言い、知事への説得を断る。
そんな中、フミ(池脇千鶴)と司之介(岡部たかし)は、勘太をつれてタエ(北川景子)を訪ね、事情を話した。すると、タエはトキとヘブンと勘太が雨清水家に入ることを快く承諾してくれたと言う。
勝手なことをしたと謝るフミと司之介に、トキは「私、雨清水トキになるんだ?」と興奮した様子で笑う。雨清水トキ=丑三つ時。思えば第一話冒頭で松野家一同は、ペリーや明治維新、武士の終わり、時代の変化をうらんで行っていた「丑の刻参り」をしていた。本作の根底に流れる「うらめしさ」の象徴でもある。実はトキが雨清水家の子だとわかった時点で、SNSの一部では「雨清水トキ=丑三つ時」を指摘する鋭い人がいたが、第一話とつながるロングパスがここでつながる仕掛けとなっている。
そしてこれは、トキに養ってもらってきた雨清水家のタエと三之丞(板垣李光人)を後ろめたさから解放し、「役に立てた」「生きてて良かった」「雨清水を何とか残していける」と思える、誰もが救われる選択でもある。
一方、トキとヘブンは江藤に直談判するが、急に松江を去ったヘブンを日本人にして問題ない人物とは保証できないと言われ、トキは錦織を訪ねて江藤への説得を懇願。しかし、錦織はヘブンの頼みを断った理由について「日本人にならないほうが良いと思っているからだ」と言い放つ。
花田旅館に勘右衛門(小日向文世)とタツ(朝加真由美)がやってきた。勘右衛門は松野家を抜け、タツの籍に入っており、トキが雨清水家に戻ることも了承。ヘブンが日本人になることを決意したことを祝福し、ヘブンに日本名「八雲」を提案。これは「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」という古事記に載る日本最古の和歌からとったものだ。ヘブンは日本人になった気持ちだと喜ぶ。
しかし、翌早朝。ヘブンは松江大橋の袂に立つが、朝もやも、鐘の音も、物売りの声も姿も、かつてのようにヘブンの心をときめかせてはくれない。戸惑うヘブンに声をかけたのは、錦織だった。
「何を狼狽えているんですか。何も感じなくなってしまったからじゃないですか」
ヘブンは自分が八雲という名になったことを告げるが、錦織はさらに言う。
「本当にいいんですか?日本人になるということはもう、この国でしか書くことができないということですよ」「ほんとはわかってるんじゃないですか。(中略)私が知事にかけ合わないのは、あなたの才能を、作家としての人生を、終わらせたくないからだということを」
錦織は熊本に行ってからのヘブンの著作を全て読んだが、かつてのような輝きがないと突き放す。そのやり取りを見たトキは自分のせいだと謝るが、「ダイジョウブ!ニホンデモ、カケル!」「無理だ」とヘブンと錦織は言い合いになり、ヘブンは花田旅館に駆け込み、必死でペンを走らせる。その後も一心不乱に書き続け、いよいよ新作が完成。
「ニシコオリサン、キット、オドロクデショウ」と言うヘブンに、トキは「いえ。驚かないと思います」と、錦織からの封書を差し出す。そこには江藤がヘブンの帰化を許可し、三人が雨清水家に入れたことが記されていた。
実は錦織はトキにこう語っていたのだった。
「これで書けるといいが......焚きつけたんだ。リテラリーアシスタントとしての最後の仕事だ。あの人は......本当に世話が焼ける」
数カ月後。錦織のもとにヘブンから『東の国から』が届く。扉には英語で「出雲時代の懐かしい思い出に。錦織友一へ」と書かれていた。錦織はその文字に目を落とした後、思わず口元が緩む。静かに微笑むというより、思わず嬉しさが零れてニヤけてしまうのが、錦織の無防備で純粋な愛おしさだ。
本作の裏主人公とも言うべき「うらめしさ」を背負い続けた錦織。体が弱く学校にあまり行けず、「松江随一の秀才」「大磐石」と呼ばれつつも、真面目過ぎて考えすぎる性質のためか試験に失敗、帝大卒業の資格も得られず、正式な教師になれず、それでもヘブンの通訳として重宝され、江藤の口添えで校長になりかけるが、ヘブンが松江を去り、その道が絶たれ、病に侵され、不遇なままにその人生を終えた。しかし、そんなうらめしさばかりの暗闇に生きる錦織の人生を照らす、たった一つの光であり、唯一本当に欲しかったのが「友」だったのではないか。ちなみに、錦織の「友一」という名については、「錦織はヘブンにとって"一番の友達"ということで"友一"という名前を付けました」と脚本家・ふじきみつ彦のインタビューで語られていた。
病に侵された錦織を演じる上で、自ら1カ月の時間が欲しいと申し出て、13キロ減量して挑むという吉沢亮。そうしたストイックな役作りを美談とする風潮には違和感の声もあるが、ともかくもそうまでも魂を削ってその人物を生きてしまう、そのようにしか生きられないのが、吉沢亮といううらめしき役者なのだろう。
ちなみに、今週は特に松江大橋でのヘブンの戸惑い・錦織との邂逅シーンを筆頭に、光と影の演出が印象的で、1970年代や80年代にときどき放送されたNHKの不思議な味わいを残す唐十郎などの幻想・怪奇ドラマや、実相寺昭雄作品を連想するような、日本ならではの物悲しさ・うらめしさ・怖さ・美しさが際立つ素晴らしい映像だった。
文/田幸和歌子




