毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今回は「トキを肯定するヘブンの言葉」について。あなたはどのように観ましたか?
【前回】トキ(髙石あかり)が恋心を自覚...? いっぽう描かれた切なすぎる「2つの失恋」
※本記事にはネタバレが含まれています。

髙石あかり主演の朝ドラ『ばけばけ』第12週「カイダン、ネガイマス。」。
金縛り続きで悩まされるヘブン(トミー・バストウ)に、トキ(髙石)はお祓いを勧める。"お祓い"をしらないヘブンに
「祓います」「オカネ?」「......ナンダラカンダラ(ジェスチャー)」「タケトンボ!」
と、なかなか通じないコントのような珍妙なやり取りからスタート。"通訳不在"なのは、錦織(吉沢亮)がヘブンと距離をとっているためだ。
きっかけは、ヘブンの悲しい過去に由来する「(自分は)ただの通りすがり」発言に傷ついたこと。そんな錦織の思いも知らず、家に来なくなった錦織についてヘブンは「ニシコオリサン、ワタシノコト、キライ」と、すれ違いは続く。
かくして教え子の正木(日高由起刀)を"通訳代理"とし、トキを伴い、大雄寺にお祓いに行くヘブン。お祓いに夢中になるヘブンに、住職(伊武雅刀)は怪談「水飴を買う女」を聞かせる。ヘブンは涙を流しながら聞き入り、「モット、カイダン」と所望。これがヘブンの滞在記のラストピースであり、トキとの接点にもなる。
もっと怪談を聞きたいと言うヘブンに、トキは自分が怪談に詳しいこと、怪談が大好きであることを興奮気味に語ると、ヘブンの目の色が変わり、「コッチ、スワッテ」と自室に招き入れる。仕事場は元来、集中の妨げになるからと誰も立ち入らせず、物音にも神経質なヘブンの"聖域"だ。「ネガイマス! ネガイ、ネガイ......」「まさかこんな近くにいたなんて」と興奮するヘブンに、トキはフミ(池脇千鶴)が買ってくれた怪談の本を見せるが、ヘブンは本を見ることを制止。「タダ、アナタノハナシ、アナタノカンガエ、アナタノコトバデナケレバイケマセン」と伝える。
部屋を暗くし、ろうそくの灯のもとトキが披露したのは、「鳥取の布団」。これは別れた夫・銀二郎(寛一郎)がかつて話してくれた怪談で、史実でもトキのモデル・小泉セツがラフカディオ・ハーンに最初に語ったものという。ヘブンは「ハンブン、ワカラナイ。デモ、オモシロイ」と喜び、トキはこれまで「古い」「時代遅れ」「気味が悪い」と言われてきた怪談を聞いてもらえるのが嬉しく、二人の声が揃う。
「モウイッペン」「もう一遍」
こうして深夜まで怪談を語ったトキは、笑顔でスキップしながら家に帰り、翌朝目が覚めると布団を抱きしめ、悶絶する。時間を忘れるほど楽しく、寝て起きても消えない高揚感は、恋や友情・没頭できる趣味など、「始まりのとき」だけが持つ特別な時間だ。
しかし、トキの帰りが遅いことで、松野家は大騒ぎ。トキが離婚歴のある大人でも、家族にとっては「子ども」なのだなと改めて感じるが、怪談を聞かせていたと話すと、ひとまず安堵する。
一方、ヘブンは怪談を聞いてからずっと執筆しており、眠ることができなかったと興奮した様子で話す。「トットリノフトン、モットキキタイ」とねだるヘブンに「またですか?」とトキは口元が緩むのを止められない。「モットモットモットキキタイ」から中学校を休むなどという冗談まで言い、大急ぎで帰る宣言をするヘブンと、「待っちょります」と返すトキのやりとりは、まるでデートの約束のよう。そこからヘブンは「鳥取の布団」はトキが前の夫から聞いた話だと知り、謝罪する。
怪談に夢中のヘブンは、授業でもその思いを率直に英語で語る。
「なんてすがすがしい朝だろう。全ての景色が違って見える。初めてこの国に来た時のことを思い出した」
これを聞いた錦織は「何があったんだ?」と気になって仕方ない。その後、正木からヘブンが怪談で泣いたこと、怪談に詳しい人を探していることを聞き、トキのことを思い出す。
しかし、そんな錦織の思いはまたも置き去りで、トキとヘブンの「怪談」の時間は深まっていく。「子捨ての話」を聞いた際には、自分と母を捨てた父を思い出し、「ユルセナイ」と俯くヘブン。彼の生い立ちを初めて知ったトキは謝り他の話をしようとするが、逆にヘブンに礼を言われる。そこでトキは自分のこんな解釈を伝える。
「何遍捨てられても、この子、同じ親の元生まれた、この子の親思う気持ち、強い。それを知ったこの子の親、この子大切に育てると思います」「相手の気持ち知ることで......なんか、ええことになったらええなあ、思います」
瞬間、ヘブンの目に光が宿った。「ワタシ、エエコト......エエコト、シマス」まるで過去の悲しみから解放されるような表情である。そして改めて言う。
「シジミサンノカンガエ、コト、スバラシ。カイダン、アリガトウ」「モイッペン、ネガイマス。ハヤク、ハヤク!」
気の毒なのは、"名案"を思い付いたはずが、蚊帳の外だった錦織だ。トキを訪ね、ヘブンに怪談を教えてあげてほしいと頼み、トキがにやけつつ、すでにやっている、何度も語るので深夜までかかってしまうと語ったときの吉沢亮の表情ときたら。一瞬フリーズし、はりついた笑顔の下から傷ついた心が滲み出ている。落胆で肩を落とし、心なしか猫背になっている。喜びと傷心・落胆を行き来しつつ空回りする気の毒な吉沢亮の面白さと可愛さは至宝だ。
錦織はトキに言う。トキが怪談を語れば語るほど、ヘブンの滞在記の完成は近づき、ヘブンが去る日も近づく、と。この助言は、蚊帳の外からの嫉妬も混ざっているのか?
気づけばヘブンは、いつも見ていた写真立ての女性をしばらく眺めていない。トキの呼び方も「シジミサン」から「オトキシショウ(師匠)」に変わっている。しかし、語れば語るほど、近づけば近づくほど、別れが近づき、寂しさも近づく。
何かと理由をつけて怪談を語るのを控えるトキに、ヘブンは言う。
「アナタノハナシ、アナタノカンガエ、アナタノコトバ、スキデス」
地域に古くから伝承されている怪談を、自分の解釈で自分の言葉で語る"創作"の原点はヘブンの言葉だった。そして、それはトキ自身をも肯定する。
幼い頃から借金返済に人生をからめとられ、女工時代には何も良いことがないと嘆く仲間達の中で「金縛り」を挙げたトキ。そんな唯一の良いことが、後にトキの人生を切り開き、ここに至るまでの谷あり谷あり谷ありの日々が「アナタノハナシ、アナタノカンガエ、アナタノコトバ」の切なく優しい力となる。
その一方で恋愛描写としては、心が近づいたかと思えば、扉を閉ざされたような寂しさ・距離を感じ、互いの「好きなモノ」を通じて再び近づき、時間も忘れるほどに楽しくなり、互いの過去の痛みを知ることでさらに近づき、盛り上がり、再び距離を感じるという、じれったい王道路線をきっちり踏んでいる。
そして、次週はラブストーリーをさらに盛り上げるライバル、銀二郎との再会と、写真の女性の登場。まさか怪談を通してこんなにも純粋な王道ラブストーリーを見ようとは。そしてますます蚊帳の外の錦織も気になる......。
文/田幸和歌子




