【ばけばけ】吉沢亮ら俳優陣の表現力、上品な劇伴と映像...演出力が光った第5週を考察

毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今回は「高難度の技が詰め込まれた第5週」について。あなたはどのように観ましたか?

【前回】残酷で悲しく愛おしい...トキ(髙石あかり)が「やり直せる未来」を掴まなかった理由

※本記事にはネタバレが含まれています。

【ばけばけ】吉沢亮ら俳優陣の表現力、上品な劇伴と映像...演出力が光った第5週を考察 pixta_93294001_M.jpg

髙石あかり主演の朝ドラ「ばけばけ」第5週「ワタシ、ヘブン。マツエ、モ、ヘブン。」では、銀二郎(寛一郎)との別れから4年、ついにトキ(髙石)が運命の人、レフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)と出会う。異文化との邂逅が描かれた今週は、作り手の腕の良し悪しが明確に見える週だ。

しじみ売りで日銭を稼ぐ22歳のトキ(髙石)は、花田旅館の主人・平太(生瀬勝久)とツル(池谷のぶえ)から外国人英語教師が来ると聞き、サワ(円井わん)と船着き場へ行く。そこで錦織(吉沢亮)と再会。錦織は英語教師をしており、通訳として呼ばれたのだった。

「空を飛ぶ」「頭に皿がある」「金棒で殴られ喰われんように」――松江の人々にとって外国人は、天狗や鬼と同じ、想像の産物だ。しかし、ヘブンが松江に上陸すると、歓声が上がり、トキも「天狗だー!」と叫び、はしゃぐ。その表情に、子役トキが傳(堤真一)のざんぎり頭を即座に肯定、目を輝かせていた様子が蘇る。思えば、「怪談」好きも、西洋の文化への興味も、「わからない存在」への畏怖と憧れなのだろう。

出雲ことばで挨拶するヘブンには握手の列ができ、トキもヘブンと握手するが、その手に違和感を覚える。

ヘブンの行動はかなり自由で、歓迎式典の説明中、三味線の音に誘われるまま踊りだし、錦織の話も聞かずに橋を渡って天国遊郭へ行ってしまう。ヘブンを追いかける錦織は遊郭の入口に留まり、通りかかったトキとサワにヘブンを連れてきてくれるよう頼む。しかし、ヘブンは路地の奥へと進み、松野家の前で木刀を構えた勘右衛門(小日向文世)と遭遇。「サムライ......」と感動するヘブンに、「ペリー! 覚悟ぉ!!」と木刀で切りかかる勘右衛門。なんともカオスな光景だ。

しかも、この川の向こうをすっかり気に入ってしまったヘブンは、用意された立派な旅館を断り、花田旅館を滞在先とする。

今週特に秀逸だったのは第23話、ヘブン目線で描かれる幻想的な松江の朝だ。米をつく音で目を覚ましたヘブンが外に出ると、朝霧の中、人々の日常の営みが目の前に広がる。鐘の音が響く中、太陽と社に向かって手を叩く人々。どれもこれもヘブンにとってはウツクシク、スバラシク、松江を「神々の国の首都」と言う。見慣れた光景も「異人」の目を通して見ると、こんなにもウツクシイのかと、ちょっと教えられる思いである。

しかし、前をはだけた浴衣姿で台所をうろついたり、糸こんにゃくを見て「虫!」と叫んだり、生卵を大量に丸呑みしたりして、周囲を驚愕させたりするヘブン。そうした見えない壁や言語の壁を軽く乗り越えるのが、司之介(岡部たかし)だ。ヘブンにグイグイ近づき、牛乳を飲ませ、ぼったくりの20銭で毎日牛乳を届ける約束まで取り付ける。ヘブンもまた、目玉焼きを焼いてみせるなど、松江の人々との距離を少しずつ縮めていく。

ある朝、女中・ウメ(野内まる)の目が腫れていると気づいたヘブンは「イシャ!イシャ!イシャ!」と大騒ぎする。しかし、取り合わない平太の態度に、ヘブンは激昂。実は彼は子どもの頃の出来事がきっかけで左目を失明しており、目のことには人一倍敏感だったのだ。

一方、ヘブンはなぜか錦織を避け続けていた。島根を一流の県にするために英語教育が必要だと考える県知事・江藤(佐野史郎)に、ヘブンを松江に留める役目を託されている錦織。しかし、逃げられてばかりで、見かねたトキがヘブン探しに協力すると、遊郭でなみ(さとうほなみ)と一緒にいるヘブンを発見。

呆れる錦織に、「ゴカイ」と言うヘブン。すると、「5回も?」と錦織。それは「誤解」で、ヘブンが「スバラシ、テンゴク」と絶賛するのは、障子や活けた花、遊女たちの着物、かんざしの美しさだった。しかし、そこに「覚悟〜‼」と木刀を振りかざした勘右衛門が登場。またしてもヘブンは逃げ出し、カオスが繰り返される。

翌朝、初授業を控えたヘブンは部屋に閉じこもり、出てこない。ふすまごしに話しかける錦織と、西陽の差し込む窓辺で作業に没頭するヘブンの画――そこにはきっと厚い壁がある。しびれを切らした錦織がふすまをこじあけようとすると、トキが静かに言う。


「ヘブン先生は、怖いんだないでしょうか」

なぜなら握手をしたときに手が震えていた気がしたから、と。邂逅シーンを振り返ると、日本人の身長に合わせて屈んだように見えた大きな体は、肩がすぼまり、目も泳いでいた。
「異国から来て、初めての場所に来て、初めての人たちに会って、その人たちがみんな期待しちょる。きっとあのときから怖くて、日がたてばたつほど怖くなって......イライラして怒って無茶言って......ジゴクジゴクと叫んだりして......ヘブン先生も人間です。私たちと同じ」

錦織が天岩戸をこじあけると、机上にはヘブンが拙いひらがなを並べながら日本語の勉強に没頭していたらしい、日本語の書き取りが散らばっていた。実はヘブンは教師ではなく、古事記を読んで日本に興味を持ち、日本滞在記を書くために来日した新聞記者だったのだ。

その秘密を知事に打ち明けられていた錦織は、ヘブンに優しく語りかける。
「日本語はいりません......あなたが話す言葉を、いや、あなた自身を、みんなは待っています。それでも困ったら、私がいます」

「ワタシハダイジョウブ?」と聞き、「アイムハングリー。ハラ、ヘッタ」と安堵するヘブン。一瞬にして固く閉ざした相手の心の戸を開く吉沢亮の安心感ある微笑みと、不意に子どものような怯えの色が消えるトミー・バストウの変化。両者が実に巧い。

そして、トキの言葉によって、自身がヘブンを人間扱いしていなかったことに気づき、反省する錦織。その一方、すぐに怒ったり騒いだりするヘブンの様子に「怖いからじゃなく、ああいう人なんじゃないか」と呆れる。何かとお騒がせな彼の言動は「異人」だからでなく、「風変わり」という彼固有の性質なのだ。

松江の人達にとってヘブンが「異人」であったように、ヘブンにとっても松江の人々は「異人」だ。ヘブンにとって「サムライ」は憧れだが、勘右衛門にとって「異人」は武士の時代を終わらせた敵である。さらに遊郭に抵抗を示す錦織が、いざ足を踏み入れ、通い、そこに住むトキらと交流するうち、助けられ、学び、自身の偏見に気づく。

国の違いだけでなく、地域も世代も性差も、立場や環境の違いも含めて、わからない相手「異人」は、気になるし、怖さもある。だからこそ、相手と向き合い、互いの言葉に耳を傾けることが「共生」において大切であることを改めて考えさせられる。

そして、そうした「異人」同士の見えない壁を、今週は橋、遊郭の大門、ふすま、格子窓などで表現する演出が実に見事だった。さらに、文化や言葉の違いによる衝突やすれ違いを現代の言葉でコミカルに描きつつも、ドタバタにもチープにもならないのは、舞台出身俳優が多いゆえの「顔芸」に頼らない全身表現と、巧みな「間」、そして上品な劇伴・湿度の高い美しい映像あってこそ。

高難度の技が詰め込まれた第5週だった。

文/田幸和歌子

 

田幸和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。ドラマコラムをweb媒体などで執筆するほか、週刊誌や月刊誌、夕刊紙などで医療、芸能、教育関係の取材や著名人インタビューなどを行う。Yahoo!のエンタメ公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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